テック企業はなぜ心理的安全性の重要性にいち早く気づいたのか
前回まで(#1、#2)は、心理的安全性の重要性とその根拠、そして施策としての1on1の有用性を論じてきました。今回は、心理的安全性が可能にする組織変革の典型的なケースを述べていきたいと思います。
心理的安全性が世に広く知られたのは、グーグルのレポート[1]がきっかけといわれています。もともとの提唱者はビジネススクールの教授であり[2]、いわばグーグルはそれを再発見した形です。なぜ彼らはその重要性にいち早く気づいたのでしょうか。
それを読み解く鍵は、いわゆる「両利きの経営[3]」を補助線にすると分かりやすいと思います。両利きの経営は、ここ10年ほどで日本でも注目されてきている概念ですが、まずは「深化」と「探索」の両方を強みとして共存させる企業運営だという理解で結構です。
注
[1]: グーグルが社内リサーチ「プロジェクト・アリストテレス」の結果として2015年に発表(日本語ページ)。
[2]: エイミー・エドモンドソン教授(ハーバード・ビジネススクール)が1999年に提唱。
[3]: チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、入山章栄監修、渡部典子訳『両利きの経営(増補改訂版)』(東洋経済新報社刊、2022年)。原書初版は2016年刊行。
現代の企業に求められる「両利きの経営」
「深化」とは既存の事業の改善・改良を意味する言葉で、それまでの延長線上でさらに量と質をスケールさせていくという考えです。
一方、「探索」は新しいシーズ(事業の種)を探して見いだすことを意味し、新事業開発の際に必要になるものです。革新的なものであれば、それはイノベーションと呼ばれることもあるでしょう。
それぞれのチームにはそれぞれの役割があり、それゆえ行動様式が異なります。
深化チームには、無駄を取り除いていくことで効率を得る考えが浸透しています。とくに最終的なKPIが利益である場合、品質向上と経費削減は利益の深化に直結します。これは多くの組織に当てはまるので、理解されやすいのではないかと思います。
探索チームは、既存の延長線上にないもので、今後のマーケットと自社にとって有益なシーズを血眼で探します。その際には既存の何かに似たものを見つけても意味はないわけですから、まったく新しいものをゼロベースで探すメンタリティが必要です。とにかく数を稼いで新しい可能性を見つけ出さなければいけませんから、走らずにいることが逆に不安になるような気質とたとえてもよいかもしれません。
つまり、行動様式(エートス)が理念系として異なる、という構図があります[4]。
そして、その両方を共存させることは、現代の企業を取り巻く環境下ではとくに重要視されてきています。プロダクトサイクルが短く急峻になってきていることは、おそらく日々実感しているところではないでしょうか。
注
[4]: 理念系としてのエートスについて詳しく知りたい方は、マックス・ウェーバーの著作などを参照してください。本論では「深化」と「探索」を理念系としての行動様式(ウェーバー流のエートス)として扱います。