「今は動かなくてよい」環境にいる転職希望者
母集団形成の難度は年々高まり、内定承諾率は伸び悩み、選考途中での辞退も増加傾向にある中途採用市場。採用活動の“量”を増やしても、成果に直結しにくい状況が続く。
近藤氏は、求職者側の動向を次のように解説する。

近藤 歩(こんどう あゆむ)氏
株式会社TalentX Myシリーズイノベーション部 執行役員
2018年4月にパーソルキャリア株式会社へ入社し、IT/Net領域の人材紹介に従事。2019年7月より株式会社TalentXに入社。MyRefer事業のSales、CSを経験。2021年10月よりMyTalent事業のBizdevとして事業立ち上げを実施し、部長へ。2025年4月より、Myシリーズイノベーション本部執行役員に就任し新規事業領域を統括。
「実は、転職を希望している方は年々増えていますが、実際に転職している人数は大きくは増えていません。希望者と実行者の間にギャップがあるのが、今の市場の特徴です。
転職希望者のうち転職活動を行っていない層を調査したところ、『今のところ転職しなくても問題がない』『希望条件を満たせるか不安』『自分に合った仕事が分からない』といった理由が上位を占めていました」(近藤氏)
企業は採用を強化する一方で、離職防止施策にも力を入れている。その結果、求職者から見ると“今は動かなくてもよい”環境が整っているのだという。
企業は採りたい。しかし、個人は急いで動く必要がない。この構造こそが、現在の中途採用市場の難しさを生み出し、企業間の人材獲得競争を一層激化させている要因なのだ。
「補充」から「持続的獲得」へ思考をアップデート
こうした環境下では、採用の進め方そのものを見直す必要がある。
まず近藤氏は、「人材紹介から求人広告、スカウトサービス、そしてリファラル採用へと、企業が候補者に直接アプローチする形へと進化してきました。情報が増えて求職者が分散しているいま、待つだけでは人材と出会えません」と採用手法のトレンドを振り返る。
そして、こうした流れの先にある“攻めの採用”のアプローチが、「タレントアクイジション」という発想だと説明した。
「タレントアクイジションとは、事業を伸ばすためにどんな人材が必要かを定義し、活躍できる環境までを戦略的に設計し、実行するという考え方です」(近藤氏)
これまでの採用は、事業部で欠員が発生し、人事が募集をかけて充足する“補充型”が中心だった。しかし人的資本経営が重視されるいま、求められるのはより戦略的な人材獲得だ。経営目標から逆算して人材要件を定義し、どこにその人材がいるのかを特定し、能動的に採用活動を行う必要がある。
そして入社後も、活躍できる環境を整え、場合によっては内部異動なども含めて機会を提供する。採用は入口ではなく、事業成長の一部として設計されるべきものへと進化していると近藤氏は述べる。
「これからは新卒か中途か、年齢がいくつかといった区分ではなく、事業に必要なスキルやケイパビリティを備えているかどうかが問われます。経営と人事が一体となり、事業戦略と連動させて推進していくことが重要です」(近藤氏)
タレントアクイジションの要諦
ただし、人材要件を定義するだけでは十分ではないという。
「タレントアクイジションの要諦は3つあります。要件定義、つながる力、そして選ばれる力です」(近藤氏)
優秀な人材ほど、今すぐ転職を考えているとは限らない。潜在層にアプローチし、関係を築き続ける“つながる力”が不可欠だ。そして、いつ転職のタイミングが訪れても自社を選んでもらえるよう、継続的に情報を届け、魅力を伝え続ける“選ばれる力”も求められる。
「せっかく優秀な人材と接点を持っても、関係を継続できなければ意味がありません。1年後、2年後に転職へと動く人もいます。だからこそ、接点を持った人を口説き続ける設計が重要なのです」(近藤氏)
選考辞退者や元社員を候補者リストに変える仕組み
そこで注目されているのが、タレントプール採用だ。
「タレントプールは、いま応募している人を管理するだけの仕組みではありません。採用の全体ファネルの中で接点を持った人と、継続的につながっていく考え方です」(近藤氏)
従来の採用では、求人広告や人材紹介、スカウトを通じて応募を獲得し、選考を行う。そして、応募に至らなければ接点は途切れていた。しかし現在は、SNSやオウンドメディアを通じて企業に興味を持つ層も多い。今すぐ転職を考えていなくても、情報収集の一環として企業サイトを訪れる人もいる。こうした応募前の層に対しても、直接タレントプールへ登録できる導線を設けることで、潜在層を蓄積できる。
選考フェーズも同様だ。優秀ではあるもののタイミングが合わず見送った候補者や、カジュアル面談を実施したが転職意欲が高くなかった人材も、将来的に入社の可能性を持つことは想像に難くない。
また、退職者(アルムナイ)も重要な対象となる。別の環境で経験を積んだ後、再び自社に関心を持つケースもあるだろう。
「今応募している人だけではなく、選考でお見送りになった人や、いまは転職意欲が高くない人、退職された人も含めて、接点を持った人材を蓄積していくことが重要です」(近藤氏)
多様な人材を蓄積しておくことで、自社の採用ニーズが発生した際には、外部データベースに依存するのではなく、自社のプールから探せるようになる。さらに、継続的な情報発信を通じて自社の魅力を伝え続けることで、転職のタイミングが訪れたときに「選ばれる状態」をつくれると近藤氏は解説した。
27名を2年で採用した日立のタレントプール施策
ここで、タレントプール採用に取り組む大企業の事例を見ていきたい。近藤氏が紹介したのは、日立製作所の取り組みだ。
同社は2019年、社内外からの戦略的な人材獲得を推進するタレントアクイジション部を設立し、採用の高度化に取り組んできた。同社のタレントプールには、キャリア登録者、退職者(アルムナイ)、内定辞退者の3つの属性が蓄積されている。
同社では、オウンドメディアを使って次世代の働き方や社員の事例、キャリアパスなどを紹介している。特徴的なのは、興味を持った人が気軽に登録できる「キャリア登録導線」を設けている点だ。転職顕在層だけでなく、現時点では転職を考えていない層や元社員も登録できる仕組みを整えている。
登録された情報は、「カジュアル面談の案内」「個別求人の送付」「レジュメ登録の依頼」「その他(今すぐポジションを用意できない)」といった区分で管理。属性分類を行ってそれぞれに応じたアプローチを実施している。
こういった取り組みを経て、同社のタレントプール登録者数は1744名に達した(2025年9月30日時点)。加えて、メールの開封率やクリック率も高水準を維持しており、応募率にも一定の成果が表れている。この2年間の運用で、タレントプール経由で27名の採用につながったという。
仕組みの構築から運用までを支援する「MyTalent」
セッションの最後に、近藤氏はタレントプール活用を支援する自社サービス「MyTalent」を紹介した。企業が保有する候補者データを一元管理し、属性や興味度合いに応じたコミュニケーションを行うことで、採用成果へとつなげる仕組みを提供している。
「これまで外部データベースに依存していた採用活動を、自社の資産を活用する形へと転換していく。MyTalentは、その基盤を支えるサービスです」(近藤氏)
MyTalentは、クラウドサービスに加えて「MyTalent Sourcing」と呼ばれる人的支援の2軸で構成される。クラウドサービスでは、候補者データの蓄積に加え、メールマーケティング機能やアルゴリズムによって興味度合いを可視化し、転職意欲が高まっている人材を特定することで、1to1のメッセージ配信を可能にしている。
一方で、新卒、中途、退職者データが部門ごとに分散している企業では、データ統合や運用設計に課題を抱えることも少なくない。こうした企業に対し、MyTalent Sourcingではタレントプール構築のためにPMから実行支援までを伴走する体制を整えているという。
さらに、「AIマッチング機能」も実装。求人とタレントデータを照合し、適合候補者を自動抽出するだけでなく、マッチ理由の提示やワンクリックでのメッセージ配信にも対応している。
近藤氏は、「求人ニーズが出たら、まずは自社のデータベースを確認する。そんな世界観をみなさまといっしょにつくっていきたい」と展望を述べてセッションを締めくくった。

