人事の“自分事化”を促す——KPIへの納得感を生むプロセス
——では、定めた指標をKPIとして設定するプロセスや、社内での合意形成はどのように進められたのでしょうか。
穴沢 大枠の方向性は経営陣が経営戦略に基づいて決定します。ただ、それを単に現場に下ろすのではなく、人事部のメンバー自身が人事戦略を自分事として捉えるための取り組みを行っています。
たとえば、施策が始まる前に半日ほど時間をとり、人事戦略について語り合う会を実施しています。会社の方向性に対して人事がどう貢献すべきかを現場のメンバーで議論し、自身の業務がどう結びついているのかを考えます。その場で「こういうことをやってみたい」というアイデアが出れば、関係者と協力して実行に移すというプロセスを踏んでいます。
このように、KPIの達成を自分事化し、自身の業務が事業貢献に直結しているという実感を持ってもらうことが納得感につながっているのだと思います。
——自分たちの言葉で語り合い、納得感を醸成するプロセスを大事にされているのですね。経営と現場をつなぐ役割として人事部がある中で、人事部の中に穴沢さんのようなIT人材がいる理由、期待にはどのようなものがあるのですか。
穴沢 データで語ることですね。人事部もデータで語らないといけない時代になっています。ただ、人事領域は、採用、評価、育成、配置など、それぞれの専門性が高度化してきた結果、チームごとに業務や利用するシステムが分かれています。そのため、人に関するデータが部門内でも点在し、必ずしも有機的につながっていない、という構造的な課題があります。
そこを橋渡しして、社内で公開するデータをどう選別すべきなのか、どのようなデータを数値化したら現場がPDCAを回せるようになるのか、などの設計・構築を行っていく必要があると考えています。
もちろん情報システム部門とも連携していますが、昨今はSaaSやクラウドサービスを前提とした業務設計が主流になっています。そうした環境下では、現場業務を深く理解したうえで、テクノロジーをどう組み合わせ、どう使えば価値が出るのかを考えられる人材が、人事部門の中にも必要だと感じています。
人事とITの橋渡し役として、人事の文脈でデータやシステムを設計できることが、これからは重要になってくると考えています。
——物語コーポレーションさんでは、異動希望率といった指標をKPIに置いた背景には何があったのでしょうか。
吉田 新型コロナウイルスの影響が非常に大きかったと感じています。コロナ禍を経て、勤務地やエリアに対する希望を持つ従業員が急増しました。当社は北海道から九州まで全国に店舗を展開していますが、「全国どこでも行けます」という従業員は減少傾向にあったのです。
制度導入前にアンケートを取ったところ、希望が実現できている割合は60%程度でした。そこから85%を目指し、改善を図りました。なお、残りの15%については、どうしてもその店舗で働いてほしいという特別なミッションがあるケースなど、やむを得ない配属が含まれています。
理念とデータ、それぞれの「経営層との話し方」
——では、それぞれ人事施策の効果を経営層へどのように報告し、成果を伝えているのかについてお聞かせください。
吉田 経営層への伝え方としては、すべての人事施策を会社の理念に沿った形で結びつけて提案するようにしています。定性的な内容であっても、理念の体現につながるものであれば、経営層は高い理解を示してくれます。もちろん定量化できるものはデータで示しますが、何よりも理念との整合性を意識して提案を行うことが、当社においては非常に重要です。
理念がただ飾られているだけでなく、社内に深く浸透しているからこそ可能なアプローチだと思っています。
穴沢 当社も理念が深く浸透している文化はありますが、経営層とは、具体的な指標がどのような状況にあるのかという、データに基づくコミュニケーションがベースになっています。データをもとに、良いのか悪いのか、悪い場合はどう改善するのかといった具体的な議論が求められています。
理念が前提としてありつつも、重要なテーマであればあるほど、時として議論が白熱することもあります。ただし最終的には、感覚論ではなく、共通のデータを基に冷静に状況を捉え直し、次に何を打つべきかを考えることを大切にしています。
会議室の温度が上がるようなディスカッションを重ねながら、最終的には冷静にデータを見て状況を判断するというプロセスを大切にしています。
——理念をベースにしつつも、見せ方や報告のアプローチには各社の特色がありますね。吉田さんにお伺いしたいのですが、理念に紐づいた人事施策にはどのようなものがありますか。
吉田 たとえば、当社には「ジョブチャレンジ制度」というものがあります。年に2回、ある条件を満たすと、自分が希望する本部の部署の業務を1~2週間体験できる制度です。かつては、「自分物語をつくる」という理念を掲げている一方で、キャリアプランを自分でつくれないというジレンマがありました。
この制度がきっかけとなり、たとえば「どうしても経理の仕事に挑戦したい」といった新たな目標を見つける従業員が出てきています。キャリアを自ら選択する機会を提供できたという意味で、非常に良い制度になったと感じています。
穴沢 当社でも、従業員自身のキャリア構築を支援する取り組みがあります。加えて、各事業部が主催して、自分たちの仕事内容やそこで得られるスキルを紹介する場も設けており、キャリア構築に前向きな社員が積極的に参加しています。
仕組みだけつくってもなかなか機能しないと思うので、制度や仕組みを活用してもらう後押しとなるようなコンテンツも用意しています。
タレントマネジメントを事業貢献につなげる未来
——最後に、今後の展望についてお聞かせください。
穴沢 人事領域におけるAIの活用には非常に期待しています。データを現場に提供するだけでは組織マネジメントのスピードは上がりません。AIをうまく使って、蓄積されたデータから傾向を読み取り、次にどのような施策を打つべきかを支援したいと考えています。店長1人ひとりをAIでサポートすることで、事業計画の達成に貢献したいと考えています。
また、従業員個人のキャリアの棚卸しにおいてもAIを活用したいです。自分がどんなキャリアを歩みたいのか、そのためにどんなスキルが必要なのかを、AIと対話しながら整理できるような仕組みが理想です。さらに、社内公募制度において、自ら手を挙げるだけでなく、データに基づいて「〇〇部署でチャレンジしてみませんか」とAIが提案してくれるようなスカウティングやマッチングが実現できれば素晴らしいですね。システムの機能ありきではなく、私たちが何を実践して経営に貢献したいのかを起点に、新しいテクノロジーを活用していきたいと考えています。
吉田 今後取り組みたいテーマは3つあります。1つ目は、人事異動のさらなる適正化です。従業員の特性やポストの要件をより精緻にデータ化し、双方が最も輝ける配置を実現していきたいです。
2つ目は、自律的なキャリア形成を行える従業員を増やすことです。先ほどのジョブチャレンジ制度のようなきっかけを提供し、自分でキャリアを選び取っているという実感を持てる仕組みを構築していきます。
そして3つ目が、本格的に動き出しそうなサクセッションプランの運用です。将来の経営幹部の候補となる人材をデータから見出し、その人たちにどうやって成長の機会を提供し、実際のポストへ配置していくのかという一連のプロセスをしっかりと確立していきたいと考えています。
——両社ともに、タレントマネジメント施策を事業貢献に直結させるための非常に示唆に富むお話でした。貴重なお話をいただき、誠にありがとうございました。

