HRテクノロジーの潮流
まずワールドワイドでのHuman capital management(人的資産管理)とPayroll applications(給与アプリケーション)のマーケット規模の予測を表したグラフをご覧ください。ここから明らかなのはOn premise(オンプレミス)が完全に停滞する一方、Public cloud(パブリッククラウド)、その中でも特にHuman capital managementの領域でかなりの成長を見込まれているということです。HRISの世界においても、旧来型のERPからSAP SuccessFactorsやWorkdayといったクラウドソリューションへの移行がますます加速していくことは、ほぼ間違いないでしょう。
旧来のERPと最新のクラウドソリューションとの違いは多々ありますが、導入モデルという観点では、大きな違いは2点あると筆者は考えています。
グローバルで統合する領域とローカルで運用する領域の取捨選択
ERPでは、人事・給与・勤怠といった各領域、さらには会計や調達・生産・販売といった人事以外のモジュールまでを1システムで実現し、それらをシームレスに連携させることで経営の意思決定をサポートすることを、ベストプラクティスモデルとしていました。ただし、タレントマネジメントの領域についていえば、多くのERPは機能が十分でなく、データ連携して別システムで実現する企業のほうが主流でした。
一方、クラウドのHRソリューションは、ビジネスに資することに強くフォーカスしているので、誰が、どこで、どんな仕事をしていて、どのようなスキルを持っていて、どういうパフォーマンスを上げているのかといった、コアHR[1]そしてタレントマネジメントの領域で大きな強みを持っています。
その反面、給与計算や勤怠管理など、人事側のオペレーションの要素が強くて、かつ国ごとの法令に強く依存する領域については、そもそも機能を具備していなかったり、ごく限られた国しかサポートしていなかったりします。そのため、ローカルでのシステム導入やグローバル/ローカルでBPOへ移行し、コアHRを管理するクラウドソリューションからシステム連携(インテグレーション)を構築することが一般的となっています。
人事部がメインユーザーのシステムから従業員がメインユーザーのシステムへ
これまでもESS/MSS[2]という形で、従業員が人事システムにアクセスすることはありました。ただし、住所や給与口座、通勤経路、扶養控除等申告書といった個人情報を中心としたWeb申請や、目標設定・評価管理など特定のタレントマネジメントモジュールにほぼ限定されていました。
クラウドのHRソリューションは、ビジネスのニーズにタイムリーに対応するため、現場のマネージャーがいわゆる「人事発令」業務にダイレクトに関与するようになり、異動発令を起票したり、人事が形成した採用候補者の母集団からスクリーニングしたりすることを想定しています。また、より上位のマネジメント層は、部門別・国別のヘッドカウント(従業員数)の推移といった経営にインパクトを与える人事のレポートを、ダッシュボード機能で直接参照できるようになります。
以上のように、HRISのトレンドは「1つの国の給与計算や勤怠管理といったオペレーション寄りの業務を、ERPで効率的に運用する」というステージから、「コアHRやタレントマネジメントといった戦略的な業務をクラウド上でグローバルに統合し、ビジネスにインパクトを与える」というステージにシフトしつつあります。また、業務における役割分担についても、「ビジネスを一番理解している現場が主体的に動いていく仕組みにしながら、人事は専門知識を活用して新たな施策の取り組みや戦略的なアドバイスを行う」という形へ向かっているといえます。
注
[1]: 人事業務を遂行する上でコアとなるデータを管理するプロセス。発令に基づく各種職務情報(職種や職位、勤務地など)や個人情報(氏名、生年月日、住所など)を、各企業にとって適切な手法で管理することが求められる。例えば、コアHRがグローバルに統合されたシステムで運用されていれば、様々な切り口でのヘッドカウントレポートを、マニュアルでデータ加工することなくシステムから出力できる。
[2]: Employee Self Service/Manager Self Serviceの略。Webアプリケーションとしての機能となり、広く一般ユーザーとして、従業員やマネージャーが自分自身あるいは部下の情報の照会や更新、申請承認を実施することを想定している。旧来の業務アプリケーションがPCにインストールされ、特定の権限を持った業務ユーザーのみ利用していたことと対比的に位置づけられる。