累計200名の転向を支えるキャリア転進プログラム
野澤 人材育成や社内研修には、もともと力を入れていらっしゃったのでしょうか。
広瀬 そうですね。ソフトウェア開発は非常に難しいため、10年以上前から研修や資格制度を準備してきました。ただ、それらは場当たり的な対応にならざるを得なかったんです。
しかし、世の中が多様化し、ソフトウェア開発も大規模化していく中で、より多様な技術を持った人材が必要になってきました。そこで2019年末、ソフトウェアに関する課題を「技術」と「人材」という2つの観点から見直しを行い、「ソフトウェア改革」として新たな人材育成の取り組みを始めたんです。
野澤 モビリティ業界でソフトウェアが重要になってきたのは最近のことかと思いますが、大企業であるがゆえの難しさもあったのではないですか。
広瀬 幸いなことに、現社長の林がソフトウェア開発の出身なんです。私たちが活動を始めた当初から理解を示してくれていましたし、林がCSwO(Chief Software Officer)になってからは、全社的にソフトウェアの重要性を、当時の社長や社員の皆さんに対して発信してくれました。そのおかげで改革はやりやすかったですね。
とはいえ、もともと製造業の会社ですから、経営層の中にはソフトウェアをよく知らない方もいました。「ソフトエンジニアってキーボードを1日中叩いて画面に向かっている人だよね」といった認識をお持ちの方もいました。そこで私たちは、「ソフトウェア開発はもっと広い世界観で、製品の仕様決めから実現方法まで含む総合的な営み」であることを、粘り強く説明していきました。
また、現場レベルでも認識の違いがありました。10年前、20年前はハードウェア中心で考えられており、まずハードウェアの仕様が決まってから、「後はソフトウェアで何とかしてください」という状態でした。たとえば、自動車メーカー(OEM)にECU(電子制御ユニット)というハードウェアを納入する際、ソフトウェアは目に見えない部分のため、その価値が十分に認識されていませんでした。開発には膨大な人手が必要であるにもかかわらず、「ハードウェアについてくるおまけ」のような扱いを受けることもしばしばでした。現場のエンジニアたちはソフトウェア開発の重要性を強く感じていましたが、その価値を周囲に理解してもらうのは簡単ではありませんでした。
野澤 社内での認識を変えていくのは大変だったのではないですか。
増子 ただ、デンソーでもソフトウェア開発の経験が長くなり、自動車の中でソフトウェアが占める物理的なボリュームが増えてきたことで、自然と理解者も増えてきました。それは私たちにとって大きなプラスになっています。社内でソフトウェアに関わる人が増えれば増えるほど、その重要性への理解も深まっていったという実感があります。
野澤 ハードウェア人材からソフトウェア人材へのシフトは、いまでいう「リスキリング」ですが、その前から問題意識はあったのでしょうか。
広瀬 はい。「ソフトウェア改革」が立ち上がるのと同時期に、自動車業界全体で大きな変化が起きていました。電動化が進むことでパワートレイン領域(エンジンなどの動力系システム)の事業が縮小され、EVへのシフトが必要になってきた。さらに「モノ」だけでなく、サービスや「コト」へのシフトも求められ、必然的にソフトウェア人材の需要が高まっていったんです。
そこで私たちは、社内人材のシフトと外部からの採用、この両面で体制を拡大していこうと考え、2021年1月から「キャリア転進プログラム」をスタートさせたんです。これまでに累計で200名以上の社員が、ハードウェア人材からソフトウェア人材へ転進しています。
このプログラムではデンソーの新入社員研修のノウハウを活かしながら、転進者特有の課題に対応できるようカスタマイズしました。単なる技術研修ではなく、キャリアの大きな転換点として捉え、不安払拭のための仕組みも含めて設計しています。
たとえば、プログラム開始前の「キャリア研修」では、キャリアコンサルタントとの面談を通じて、これまでの経験の棚卸しを行います。ソフトウェアの経験がなくてもデンソーでの製品開発経験という強みを持っている。その経験を捨てるのではなく、製品に対するノウハウやこれまでのハードウェア開発で培ったスキルを、ソフトウェア領域でも活かせる部分として捉え直します。そうして自分自身の強みとして認識したうえで、新たにソフトウェア技術を学んでいく。このアプローチが、参加者の動機付けやモチベーション向上にもつながっているんです。
野澤 手厚いサポート体制ですね。社員の方も安心して挑戦できそうです。