SOMRIE認定制度の標準化で目指す、産業界全体の人材循環
野澤 この取り組みについて、社員の方々はどのように受け止めていますか。
増子 リスキリングの成否を分けるのは、本人の覚悟なんです。過去にもさまざまな人材シフトの施策を行ってきましたが、会社都合で人を動かしても、その人が前向きになれなければ、新しい職場で力を発揮することは難しい。逆に、自分で決意して一歩を踏み出した人は、どんな困難にも粘り強く立ち向かっていける。そういう違いが明確に見えてきたんです。
そのため、キャリア転進プログラムは、「自分で手を挙げる」ことを大前提にしています。強制的な異動は一切行わず、本人の意思を最も重視しているんです。本人が自らキャリアを新たに一歩踏み出したいという意思を持ち、そのモチベーションに基づいて行動を起こす。そうすることで、本人も自分で選んだ道として積極的に取り組むことができますし、受け入れる職場としても自ら考えて動いてくれる人材として歓迎できる。結果として、本人も職場もともに前向きな状態をつくることができるのです。
転進プログラムには、モチベーションの高い人しか入ってきません。ただ、募集の時期によって手を挙げる人の数には波があります。不安を持つ方も多いので、できるだけ手を挙げやすいよう、募集の仕方や情報発信を工夫しています。
野澤 今後の展望についてお聞かせください。
広瀬 私たちはSOMRIE認定制度を産業界の標準にしていきたいと考えています。
Society5.0の実現に向けて、特に製造業のIT人材不足は深刻です。そこで「SOMRIEサポーター」という形で、この活動に賛同いただける企業との連携を進め、定期的に活用事例の共有や意見交換を行っています。
さらに、ISO17024という要員認証の規格の認証取得も目指しており、取得後には経済産業省の後押しを受けながら、大学やパートナー企業との連携も進めていく予定です。将来的には「私はSOMRIEのレベル4です」と言えば、その人の能力が産業界全体で認知されるような業界標準を確立していきたい。こうした世界観が実現することで、業界全体で人材が正しく循環し、それぞれの場所で成長できる環境が実現できると考えています。
野澤 人材の流動性を高めることへの懸念はないのでしょうか。
広瀬 確かに人材が流出するリスクはありますが、それ以上に大きなチャンスがあります。たとえば、車載分野に興味を持つIT人材が集まってくる可能性も広がりますし、新しい経験を積んで戻ってくる人材も出てくるでしょう。この変化を受け入れ、産業界全体の競争力向上につなげていきたいと考えています。
野澤 そこで重要になってくるのが人材育成に携わる方たちの役割です。おふたりからメッセージをいただけますか。
広瀬 私たち自身、技術者出身で現場の大変さを理解していても、支援する立場になると距離感を感じることがあります。全社人事ではさらにその距離は広がるでしょう。だからこそ、現場との対話を大切にしながら、中長期的な視点で取り組みを続けていくことが重要だと考えています。
増子 人材育成は効果が見えにくく、時間のかかる分野です。だからこそ、私自身、「この会社にいる限り、この制度の面倒を見続ける」という決意で取り組んでいます。人材育成はゴールのない取り組みですが、だからこそやりがいがあるとも感じています。
野澤 本日は貴重なお話をありがとうございました。「人を大切にする」という言葉は、多くの企業が掲げていますが、デンソーさんは社員にとって何が重要で必要か、それが会社にとっても何が重要で必要かを、両面から考え、それを緻密な制度として組み立てられている。そこに深い感銘を受けました。
SOMRIE制度だけでなく、デンソーさんのこうした考え方が業界を越えて日本全国に広まって根付き、成長感を感じながら生き生きと働ける会社員の皆さんが増えていくことを、心から願っています。