3. 要点解説
(1)職場環境配慮義務について
職場環境配慮義務は、労働契約法5条に明文化された「安全配慮義務」から派生・拡張した概念です。
(労働者の安全への配慮)
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
生命、身体等の“等”には、いわゆる「心の健康」も入ります。そして、今回のA社長のように「心理的圧力を加えて強要したり、その名誉感情を不当に害する言辞により社員を追い込んだりすれば、職場環境配慮義務違反につながることになります。
(2)配転命令について
配転命令権は、企業が有する人事権の一部として原則有効と考えられています。しかし、不当な動機による配転命令は認められません。この点は、以下の最高裁で明確に判断されています。
<東亜ペイント事件(最高裁 1986年7月14日)>
使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
以上から、「不当な動機・目的」や「働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」であれば、配転命令認められないことになります。
(3)今回のケース
今回は、A社長による退職勧奨は、労働者であるXの意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めました。
また、配転命令は、退職勧奨を拒否したXを退職に追い込むため、または合理性に乏しい大幅な賃金減額を正当化するためであったとし、人事権を濫用して行われたものと認めました。