ここからは、前述の講演内容を踏まえ、三木氏に行ったインタビューをお届けする。
経営者育成における人材選定と人間力の重視
——講演は経営者の育成がテーマでしたが、まず育成対象の方を選ぶプロセスについて教えていただけますか。これまでと、現在進めている選抜方法はどのように変わったのでしょうか。
これまでは、業績評価や日々の業務におけるパフォーマンスといった、目に見えやすい指標を中心に、将来の事業経営者や事業部長を部門長の合議制で選んできたんだと思います。もちろん、これは決して悪いことではありません。
しかし、去年あたりから選抜の軸を変え始めました。先ほどのセッションで示した3つの軸、すなわち「経営者リテラシー」「人間力(ポテンシャル)」「行動(コンピテンシー)」の中で、経営者リテラシーをベースとしつつ、人間力と行動の2軸で候補者を見極めるようにしたのです。覚悟・胆力・人徳という人間力(ポテンシャル)をどれだけ持っているか。そして、それが実際に行動として表出できているか(コンピテンシー)というところです。
——具体的にはどう見極めていらっしゃるのでしょうか。
現在は9ボックスプロセスを使っています。ポテンシャルとコンピテンシーの2軸で9つのボックスに分け、まず1次上司が候補者をプロットします。
そして、そのプロットが本当に正しいかということを、経営陣を含めて幾度かレビューを繰り返します。1人の人間だとどうしてもバイアスがかかるので、複眼で見ることが欠かせないためです。この9ボックスプロセスを通じて、人材の見極めと洗い出しをしっかりと行っていく。若い層についても同じように、9ボックスプロセスを使って人間力と行動を見える化し、一度で終わらせずこれをローリング(継続的な見直し)させていきます。
——この選抜プロセスに、人事部門はどのように関わるのでしょうか。
人事の関わりは非常に重要です。ただし、人事がすべてを決めるのは絶対に良くないと思っています。もちろん、経営者1人が決めても失敗する可能性があります。やはり、複眼で見る必要があります。
そのため、人事の重要な役割の1つは、みんなが意見を出せる公平性を担保することです。公平性を保つための調整やガイドは、人事が絶対に行わなければなりません。
そしてもう1つ。人選するだけでなく、その人が優秀だと決まった以上、次にどういう育成機会や経験を与えるかを考えなければなりません。CDP(キャリア開発プログラム)をどうつくるか、エグゼクティブコーチング(EC)のような機会をどう持たせるか、幹部開発研修などのプログラムにどう送り込むか。そういった、人事としての目利きをしながら育成機会を設計し、実行していくのが人事の役割ですね。

早期の横断的異動や海外赴任などが育成のカギ
——経営者候補の育成において、注力している点は何でしょうか。
1つはやはり「配置」です。特に若手で優秀な方については、海外の小さな事業体であっても、海外法人のトップを積極的に任せています。異国・異文化の中で事業会社の経営を担い、現地の方のピープルマネジメントも行う。そういった新しい体験や気づきが、経営者としての土台を築く上で非常に生きると思っています。
もう1つは「職種間の壁を取り払うこと」です。多くの企業同様、当社も技術、製造、品質、調達など職種が縦割りになりがちです。この縦割りを横でつなぐ経験を積ませることが重要であり、この2年間で特に若年層への機会提供に力を入れ始めました。経営者として視野を広げ、横の広がりを持たせることがねらいです。
——これらの施策は入社何年目ぐらいから開始するのでしょうか。
幹部候補生には3段階のレイヤーがありますが、一番下のレイヤーで概ね35歳前後を想定しています。ただ、このレイヤーにおける優秀な人材の発掘と育成はもう5年程度早めないと追いつかないと感じています。
パナソニックグループは広範な事業を展開しており、事業会社を越えたローテーションや異動機会があってしかるべきです。これをできる限り早期に実行すべきと考えています。私自身も20代後半で海外へ赴任し、それが大きなプラスとなりました。経営陣も概ね同様の見解です。
——最後に、経営者育成において最も大事にされていること、特に現場の人事に対する期待について教えてください。
経営者の育成には「気づき」を与えることが不可欠です。気づきは、すなわち「考える力」につながるからです。
私はそのために「問う力」を人事の責任者に身に付けてほしいと思っています。「こうしろ、ああしろ」と指示するのではなく、「こういうことが起こっているが、どう思われますか」といった問いかけを、人事がもっと職場に対して行っていくこと。それこそが人を育てることにつながると思うのです。
私自身、海外でのタフな経験の中で、上層部から深く問われることで深い思考力が身に付きました。これから海外のタフな人たちと伍(ご)していくためにも、この深い思考力、そしてそれを引き出す「問う力」が経営者にも人事にも絶対に必要だと考えています。

