クラウド時代が出現した背景
そもそもクラウドとは何か。詳細な定義は、米国商務省配下の国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:通称NIST)が発表した「クラウドの定義(The NIST Definition of Cloud Computing)」を読んでいただくとして、その効果を簡単にいえば、IT利用がフレンドリー(容易)で、リーズナブル(納得感の高い利用料金)になったことでしょう。具体的には次のような点が挙げられます。
- ユーザーがインターネット経由で、あまり技術的なことを気にしなくても、いろいろなサービスが簡単に使えるようになった
- ユーザーは、そのサービスを使うための仕組みを自分で開発したり所有したりしなくてよくなった
- ユーザーは、使いたいときに簡単な登録ですぐにサービスを使え、使用した分だけの使用料を支払い、不要になったらすぐに契約を解除できるようになった
ただ、このような考え方は目新しいものではなく、以前からありました。何度も名前を変えて登場し、しかし世界中に浸透せずに終わってしまうことを繰り返してきたのです。
それが近年、次の条件が揃ったことで、ようやく無理なく実現できました。今の「クラウド時代」はこうして生まれたのです。
- インターネット利用の世界的な広がり
- ユーザーのITリテラシーの向上
- IT提供者の「サービスプロバイダー」としての意識と、実際のサービスレベルの向上
クラウド時代にIT技術者に求められる役割や身の振り方とは
これまで、IT技術者のキャリアやスキルは「データベース技術者」「ネットワーク技術者」「Javaプログラマー」というように、何か1つの技術に特化して高めていくことが多かったと思います。もちろん、それも大切です。しかし、クラウド時代では自分たちの仕事が180度、とまではいいませんが90度くらい変わってしまう可能性が十分あります。その事実をまっすぐ見据え、「自分はどのような能力を伸ばすべきか」つまり「どのような仕事に就きたいか」を常に考えていくことが必要です。
以下に、クラウド時代にIT技術者に求められる役割や身の振り方の例をいくつか挙げてみます。
例1. IT調達がビジネスのボトルネックにならないようにする
企業ITのクラウド化が進行していくと、情報システム部門が行ってきたシステム運用作業が大幅に減少、あるいは不要になっていきます。加えて、事業部門は情報システム部門を介さず、クラウド上で提供されているITサービスを直接購入して、利用するようになっています。いわゆる「シャドウIT」です。
シャドウITは、情報システム部門の目の届かないところにあるため、企業の情報セキュリティの面で大きな脅威になっています。一方で、欲しいITサービスを適時かつ低価格で調達できることから、ビジネスのスピード感という面でメリットがあることも事実です。したがって、情報システム部門のIT技術者には、業務部門のビジネスを滞らせることなくITサービスを調達する、あるいはシャドウITも含めてITサービスを管理するノウハウを蓄積し、情報セキュリティの確保やコンプライアンスの遵守を実現するスキルが必要になるでしょう[1]。
また、業務システムの開発者や開発会社も例外ではありません。クラウドによりインフラの調達や構築に時間をかけず、ユーザー企業にシステムを納品する技術が求められるはずです。
例2. クラウド基盤を提供するビジネスを立ち上げる
クラウド化が加速しているということは、クラウド環境を提供するビジネスが伸びるわけですので、そのビジネスを立ち上げようと考え、実践しているIT企業は多数存在します。特にデータセンターを保有し、これまでの運用・保守の技術力とノウハウを最大限活用して、ユーザーフレンドリーでリーズナブルなサービスをどのようにすれば実現できるかを追求します。これまでの技術力と経験と資格を一番活用できるといえます。また、技術力だけでなくサービス力が、これまで以上に重要視されていきます。
しかし、「サービス」は20年以上にわたり研究がなされ、取り上げられて来ていながら、実態は「運用」の域を出ていない組織が多いと言わざるを得ません。「ビジネスを立ち上げよう!」というレベルでクラウドへの取り組みを考えるのであれば、戦略や戦術レベルも含めたサービス全体を捉える力が求められるでしょう(サービス力については今後紹介)。
例3. クラウドサービスを立ち上げる
例2と表現は近いのですが、少し異なります。これは、クラウドという技術の上でサービスを企画・開発・販売することを指します。極論すれば、サービスを実現するための技術は全て、外部のクラウドを活用してもよいわけです。技術があるほうがもちろんベターですが、むしろ、「どのようなサービスがユーザーのニーズに合うのか」「どのマーケットに展開できるだろうか」「口コミで広げる方法は?」「リピート率を増やすには?」「資金調達は?」「利益に還元できるにはどのような仕組みにすべきか」といったビジネスモデルを創出する能力が求められます。
まとめ
将来どんな仕事をしたいか、どんな技術者になりたいかを考えるなんてことは、普段ないと思います。しかし、今の仕事・職務を永遠に続けていくことはきっとできません。
米デューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソン氏が2011年にニューヨークタイムズに語った「2011年度に小学校へ入学した子供のうち65%は、大学卒業時、今はまだ存在していない職業に就くだろう」という言葉は有名ですね。また、英オックスフォード大学が発表した調査レポート「雇用の将来」の中に書かれている「あと10年で消える職業、なくなる仕事」は世界中で話題となりました[2]。
「自分はこの仕事でやってきたから、今さら他の仕事はできない」という頑なな人がいます。もちろん、その分野において突出した人材、替えの利かない人材というのであれば、その道を進んだほうがよいと思います。しかし、変わるのがなんとなく不安というだけであれば、次の魔法の言葉を自分に投げかけてみてください。
>>> 自分は小学生の時、IT技術者だったっけ?10年前も同じ仕事をしていたっけ? <<<
そう、世界は無限に広がっていたはずです。たまたま就いた職業、配属された部署で必要とされる仕事に就いて一所懸命に学び、経験し、習得してきたのが今の自分の能力です。ITから離れる必要はありませんが、1つの技術に固執せず考えを広く持ち、行動すると世界が広がっていくはずです。
注
[1]: こうした外部からのIT調達まで含めて企業システムの統制を維持管理するプロセスを「ソーシングガバナンス」といいます。ソーシングガバナンスについては、本連載の後の回で取り上げたいと思います。
[2]: IT業界の裏話「IT化がもたらす雇用への不安」(2014年01月30日)