働き方改革がエンジニア育成に及ぼす影響とは
昨年、創業20周年を迎えたカサレアル。2000年よりエンジニアを育成する技術研修事業を手がけており、サーバーサイド/クライアントサイドのアプリケーション開発技術を教えるトレーニングのほか、2019年2月からはクラウドネイティブの領域でもトレーニングを提供している。
このセッションで小林氏は、「私たちが生きる現実社会では、さまざまな環境の変化が起きています。そのような環境下において、エンジニアが成長しつづける組織とは、変化に適応できる組織ではないでしょうか」と語り、環境変化の例として「働き方改革の推進」「DX」「エンジニア不足(育成)」を取り上げて、それぞれで起こりやすい問題を明らかにしていった。
まずは「働き方改革の推進」だ。2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行されていることから、身近な問題として変化を感じている人も多いのではないだろうか。具体的な中身としては、「有給休暇年5日取得」「時間外労働の上限規制」「同一労働・同一賃金」の3つが大きなポイントとして挙げられる。
ところが、「これらを遵守するために、経営層から管理職へ単純に命じるだけでは、働き方改革は失敗する」と小林氏は指摘する。労働時間の減少を補うために、働き方そのものを変えなければ、業務の持ち帰りによって情報漏洩のリスクが高まったり、無理に納期を守ろうとして品質が低下してしまったりするなど、副次的な問題が生じてくるからだ。
このような事態を防ぐためには、「会議運営の改善」「リモートワークの導入」「フレックスタイム制の導入」など、自社に適した働き方改革を進めていく必要がある。しかし、実際にはこれらはボトムアップでは難しいことばかりであるため、実施には経営からの号令が必須だ。
加えて、「実際に現場で起きている事象として、以前は業務時間終了後に行われていたエンジニアの社内勉強会が開催しにくくなっているほか、忙しくて技術トランスファー(移転・伝授)をする時間が割けなくなっている」と語る小林氏。これを解消するためには、「テックイベントやユーザーコミュニティを活用したり、集合研修を検討したりするなど、業務時間を圧迫せずに効率よくキャッチアップできる環境を整えることが大切」(小林氏)だと述べた。
エンジニア育成を現場任せにするのか
続いては「DX」の話だ。働き方改革は法的な拘束力があるため、やらざるを得ない側面があるが、そうではないDXを推進するためには、経営層のコミットがいっそう重要になってくる。経営層のITリテラシーが低く、情シスに丸投げしていては、成果が出ずに現場は疲弊し、既存業務にも悪影響を及ぼしかねない。
顧客の状況をヒアリングしていると、日本のDXの現状は次図のレベル2から3の間にあるのではないかと思うと、小林氏はいう。さらに、取り組みの検討さえ始めていない企業は危機的といえ、小林氏は「DXに対する共通の認識を持つところから第一歩を踏み出すべきではないでしょうか」と訴えた。
また、DXにおいて特に闇が深いのが「2025年の崖」だ。老朽化したITシステムをどうするか。この守りのITについては「今動いているシステムへの追加予算なんて、経営層に理解してもらえるはずがない」「モダンな開発環境、ツール、技術を知らないので顧客企業に提案できない」という声を耳にすると小林氏。このほか、「レガシーな技術は中堅社員に任せて、モダンな技術は新人に任せる」という声もあるというが、それではレガシーな技術を担当してきた中堅社員たちをそのまま塩漬けにしてしまうという難題が残ると、小林氏は釘を刺した。
そして最後のトピックが「エンジニア不足」だ。今の日本のエンジニア人口は90万〜100万人といわれているが、経済産業省の『DXレポート』によると、2025年には43万人のIT人材不足が起こると予測されている。さらに小林氏はIPAの『IT人材白書2019』を取り上げ、「IT人材の不足感について、“不足している”、“やや不足している”の回答が92%を占めている」と紹介した。
しかし、どうにか新しい人を採用できたとしても、自社の環境に適したスキルを持ち合わせていることを事前に見抜くのは、非常に困難だ。入社後、もし即戦力としては難しいと判断された場合、ただでさえ忙しい現場のエンジニアに新人教育を丸投げするのは酷である。そのときには、「外部委託の研修を受けさせて、効率的なキャッチアップを図ることも有効な選択肢の1つではないでしょうか」(小林氏)。
いずれにせよ、こうした人材に関する戦略は経営の一環といえ、経営層の関与が必須である。
エンジニア育成はアウトソーシング化が強まる傾向
このようにITの現場は、働き方が変わり、技術が変わり、メンバーの確保も難しいという現実にさらされている。その中で、エンジニアの育成プログラムを社内で準備万端にしておくことは容易ではない。そのためだろう、カサレアルが提供している育成プログラムの採用状況を2015年と2019年で比較してみると、次表のとおり、2015年から2019年にかけて申し込み数は3〜4倍に増えている。この傾向は、事業会社(情報子会社含む)およびSIerともに変わらず、「社内のOJTで無理をするよりも、アウトソーシングして効率化を図るトレンドが見て取れます」と小林氏は分析する。
カサレアルが提供する新入社員研修にも変化が現れている。2015年は全件がServlet/JSPによるWebアプリケーション開発だったところから、2020年度はSpringBoot/RESTによるWebアプリケーション開発が約8割を占めるようになっているほか、若手や中堅エンジニアの育成に向けたカスタムメイド研修の要望が高まっているという。また、カサレアルが提供するオープン研修の受講状況について技術領域別に見ると、2015年は「Java・Spring・Java EE」「JavaScript」「iOS・Android」が3等分でシェアを占めていたが、2019年度は「Docker・Kubernetes」の割合が顕著に伸びている。
最後に、IT業界の新人育成について、小林氏は次のように見解を述べた。
「技術は絶えず進化・多様化しているのに、多くの企業では15年以上前に開発されたカリキュラムで新入社員研修を実施しています。いま求められているのは、『ゆるぎないシステム』をつくるエンジニアではなく、『変化に適応できるシステム』を開発できるエンジニアです。環境の変化に適応するために経営層のコミットは必須であるものの、だからといって、それを言い訳に思考を止めるようではいけません。社内の課題に対して共通意識を持つためには、関係者全員に最低限のITリテラシーが求められます。イベント、セミナー、ネット、書籍、研修などを活用して、変化に適応できる組織づくりを目指していただければ幸いです」(小林氏)