はじめに：なぜ、いま「デザイン」が重要なのか
人事担当者向けWebメディアであるHRzineで「デザイン」というキーワードを目にし、「なぜ人事の話にデザインの話題が出てくるの？」と疑問に感じている読者もおられるのではないでしょうか。
読者の皆さんは、「デザイン」と聞いてどんなことを思い浮かべられますか？ 製品などモノの色や形を決めること、ポスターやWebサイトの見た目をカッコよく仕上げることなど、一般的にはそういった「イロ・モノ・カタチの見た目を美しくすること」が真っ先にイメージされるのではないでしょうか。もちろん、それらはデザインの重要な役割ではありますが、あくまでデザインが意味することの一部でしかありません。
ノーベル経済学賞を受賞し、昨今ビジネスの世界でも大注目を集めているAI（人工知能）の生みの親の1人とも呼ばれているハーバート・A・サイモンは、著書『システムの科学【第3版】』（パーソナルメディア、1999年）で、「現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案するものは、誰でもデザイン活動をしている」と述べています。つまり、デザインとはモノの見た目を美しくすることや、一部の特殊なデザインスキルを持つデザイナーだけが行う特別な行為ではなく、自分たちがいま置かれている状況をいまよりも良くしようと工夫をしている人なら誰もが普段から行っていることなのです。私のコラムでは、デザインをそのような意味・定義と捉え、皆さんとの共通理解として以降の論考を進めていきたいと思います。
VUCAの時代、求められるのは「デザイン思考」
ビジネスの世界でデザインというキーワードが急速に語られるようになったきっかけとして、「デザイン思考」への注目と普及があります。デザイン思考（デザインシンキング）は、世界的に有名なデザインコンサルティング会社であるIDEO（アイディオ）と、スタンフォード大学のイノベーションスクールであるd.schoolが共同で体系化したイノベーション開発のためのフレームワークであり、不確実で先行きの見えない市場環境の中、新たな可能性を探索しながら創造的に問題解決のためのアイデアを発想し、素早くラフな試作品をつくってはその出来栄えを試し（プロトタイピング）、素早く何度も改良を繰り返すことで革新的な製品やサービスの開発を目指す方法論です（図1）。
経済や市場の環境が安定的だった1980〜1990年代初めまでは、過去のデータをもとに市況の未来がある程度予測でき、適切なビジネスゴールを設定して、正しい手順で経営管理を行えば正解が得られる時代でした。まさに、MBA（経営管理修士）のような論理的なビジネスエリートが重用された時代です。
しかし、2000年代に向かうにつれて市場環境は大きく変化し、いわゆるVUCA（変動性・不確実性・複雑性・曖昧性）の時代に突入しました。そうなると過去の延長線上に論理的かつ合理的に未来を予測するMBA的な管理型経営は通用しなくなり、その代わりに「考えながらつくり、つくりながら考える」という、デザイナーが日常的に行っているような創造的な試行錯誤をベースとした「デザイン思考」型のビジネスアプローチに期待が寄せられたのです。そして、この動きは現在もますます拡大しています。
こうした一連の社会的・経済的な時代の変化が、それまではお互いに距離があるものと見られていたビジネス（経営）とデザインが融合した背景なのです。
