人材戦略は“動的”に見直す。富士通のHRビジョンとは
富士通の人的資本経営においては、同社が掲げるパーパス「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」を踏まえ、HR部門が「社内外の多才な人材が俊敏に集い、社会のいたるところでイノベーションを創出する企業へ」を目指すビジョンとして制定。この世界観を実現するための施策に取り組んでいるところだという。
一般的にHRや人材をどう活用していくかといったリソース戦略は人事部門だけで語られることが多いが、富士通でCHRO室 室長を務める森川氏は「当社では、中期経営計画を達成するために人材をどう高めていくかが重要だと捉えています。そのため、現在の中期経営計画でリソース戦略を重要な戦略の一つに位置づけ、経営層がきちんと実現していくべきものと認識しています」と話す。

森川 学(もりかわ まなぶ)氏
富士通株式会社 CHRO室 室長
2006年、富士通株式会社に入社。2014年よりドイツ ミュンヘンに約4年間駐在し、欧州エリアの人事を担当。2018年労政部シニアディレクターとして、一般社員人事制度の企画および労働組合のカウンターとして各種労使交渉にあたる。2020年4月以降管理職のジョブ型人事制度導入に携わるとともに、ニューノーマルにおける新しい働き方「Work Life Shift」の企画を担当。2021年4月より現職、グローバルを含めた戦略的人事や人的資本経営を推進。
では実際、外部環境の変化もある中で、どうすれば経営戦略や事業戦略にアラインした最適な人材施策を実現できるのか。森川氏は、“動的な”人材ポートフォリオの重要性を指摘する。これは、経営戦略や事業戦略、また外部環境の変化に応じて、人材スキルの可視化および適切な配置を柔軟に行っていくことを指す。
富士通ではこの動的な人材ポートフォリオを作成するために、まず事業ポートフォリオに基づき、どの事業をどう伸ばしていくかを中期経営計画で描いていく。その中で、各事業において必要な人材像を明確化する。そしてそれらの人材にどのリージョン・フロントでどのような役割が必要かを明らかにし、最後に現状とあるべき姿の差を埋めていくための施策と投資を人事部門で検討するという流れだ。これを四半期毎にトラックし、経営層に報告のうえ、議論を繰り返しているという。
また、同社はIT企業からDX企業へ転換するにあたり、人材マネジメント方法をジョブ型へと“フルモデルチェンジ”した。「人事施策は全体が有機的につながっているため、たとえば評価制度だけ部分的に変更しても教育や報酬などの制度と整合性がとれなくなってしまいます。そこで人材にまつわる施策を『一気に変える』ということを2019年ごろから行っています」と森川氏。
フルモデルチェンジにおける具体的な施策として、同氏は「事業戦略に基づいた組織デザイン」「チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度」「事業部門起点の人材リソースマネジメント」「自律的な学び/成長の支援」の4つを挙げる。

ここまで見てきた人材戦略を実現するために、富士通ではHRデータを活用した様々なアプローチを試している。次は人事戦略実現に向けたデータ活用の取り組み事例を見ていこう。
人的資本経営を実現する3つのステップ
森川氏は、人的資本経営に向けた取り組みのステップとして次の3つを示した。
- 経営戦略と人材戦略の紐づけ
- 人材戦略の実行
- データによる可視化・ステークホルダーへの説明

最も重視してきたこととして森川氏は「経営戦略と人事戦略がどう紐づけられているかをステークホルダーに伝えるためのストーリー作り」を挙げた。ここがぶれてしまうと、何のために人事戦略をやっているのか分からなくなってしまうためだ。
経営戦略と人材戦略が紐づけられたら、次は人事戦略の具体的な実行方法を検討するフェーズに入る。施策としてはジョブ型への切り替えのほか、ポスティング制度の拡大や評価・報酬制度の見直しが挙げられる。ここで重要になるのが経営陣のマインドチェンジだという。「経営陣は人事の仕組みを『コスト』と見なしがちですが、『投資』であるという認識に切り替えてもらうことが重要だと、これまで取り組んできて感じているところです」と森川氏は話す。
そして3つ目のフェーズとして、こうした投資に対する効果をデータで可視化してステークホルダーに伝え、次の投資へとつなげていくことが重要だと指摘。このサイクルを回していくことが持続的な成長に欠かせない。
富士通における人事データ分析のアプローチはいくつかに分類され、対象別に経営層向け、マネージャー向け、従業員向け、人事部門向けなどがある。代表的なデータ分析の例を詳しく見ていこう。