2. 裁判所の判断
①退職勧奨と職場環境配慮義務
Xは、Y社から行われた退職勧奨等が違法なパワハラに該当すると主張するところ、企業が人事対応の一環として、労働者に対して雇用契約の合意解約に向けた働きかけや説得を行うことは、それ自体が直ちに違法と評価されるものではない。
もっとも、これに応じるかどうかは労働者の自由な意思に委ねられる。
退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、心理的圧力を加えて強要したり、その名誉感情を不当に害する言辞を用いたりした場合には、社会通念上相当と認められる範囲を超える違法行為として職場環境配慮義務違反に該当すると解される。
②今回のケース
A社長は、平成24年10月15日以降、Xに対し、「これは解雇通知である。解雇したい意思は変わらない。自主退社と解雇が選択できる」などの発言を繰り返した。
同月29日には、Xが担当していた装用者・難聴者関係の仕事をすべて他の社員に引き継ぐよう命じ、同年11月16日の面談では、Xの問題点が改善する傾向が見えない限り、退職勧告を受け入れるように求めているのであるから、Xに退職勧奨をしていたことは明らかである。
そして、本件におけるXの一連の対応を踏まえると、Xが上記退職勧奨に対して諾否を曖昧にしていたとは考え難く、当初からこれを拒否していたと認められる。
平成24年11月16日には、A社長が、それまでの複数回にわたる口頭での働きかけに代えて書面で考えを示し、2時間もの説明をしたにもかかわらず、Xは応じなかった。
したがって、これ以上働きかけを続けても、Xが自発的に退職を選択する見込みはなかったというべきである。
ところが、その後もA社長は、Xにはマーケティング等の知識がない、給料を半分にするなどの発言を繰り返したうえで、Xの担当業務をすべて新入予定社員に移す旨のメールを社員全員に送るなど、Xに退職以外の選択肢がないかのような心理的圧力を加えた。
さらに、同年12月1日付でXを掃除等の担当とする本件配転命令①を行った。
そのうえ、「Xをサポートする人は会社に1人もいない。皆がXと仕事をしたくないと言っている」などと、Xの名誉感情をいたずらに傷つける言動を繰り返している。
以上の事情を総合考慮すると、A社長による平成24年11月16日より後の退職勧奨は、労働者であるXの意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当である。
③Y社の反論を認めず
これに対し、Y社は、A社長は契約の変更を提案したにすぎず、退職勧奨をしたものではない旨主張する。
しかしながら、平成24年11月16日の面談でも、XがA社長から解雇と言われた、会社を辞めるよう言われたと述べているのに対し、A社長は何ら否定をしていないうえ、A社長自身も「もうさすがに退職勧告を受け入れていただけると」と述べているのであるから、A社長がXに退職を促していたことは明らかである。
そして、同日以降の面談で、A社長が明確に退職の言葉を口にしたことを認めるに足りる証拠はないが、A社長の言動は、著しく不利益性の高い契約変更を求めることにより、これを受け入れられないのであれば退職を求めるとの意図が容易に看取できるものであり、退職勧奨の趣旨を含むものと認められる。以上によれば、Y社の上記主張は採用できない。
④配転命令について
Y社は平成24年12月1日に本件配転命令①を行っているところ、Y社には配転命令に関する就業規則の定めが存在し、Y社はXに対する配転命令権を有していることが認められる。
もっとも、配転命令権の行使も濫用にわたることは許されず、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合でも、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情が存する場合は、人事権の濫用となると解される。
以上を踏まえて本件を見るに、Y社は、Xはマーケティング業務に従事する適性がなかったが、小規模会社で他の業務への配転も容易ではなく、総務担当に配置転換することに業務上の合理的理由があったと主張する。
A社長は、Xについて自己中心的な就業態度や他者との協調性の欠落などを繰り返し指摘している。
しかし、そのような判断に至った具体的な出来事の詳細は不明であるうえ、XはA社長の指摘に反論をしており、Xに一方的に非のある問題なのか判然としない。
また、Y社が、Xの上記課題を踏まえて、どのように改善に向けた指導を行い、どのようにXの能力に適した業務内容ないし配置を検討したかも証拠上明らかでない。
以上によれば、仮にXに一定の課題があったとしても、Xの従前の職歴と明らかに異なる掃除等の担当にせざるを得ない業務上の必要性がこの時点であったと直ちに認めるのは困難である。
また、本件配転命令①はXが一連の退職勧奨を拒絶した後に行われ、同命令の前後を通じてA社長はXを精神的に追い込む発言を続けており、本件配転命令①の後には半額以上に及ぶ本件賃下げ①を行っている。
こうしたことからすれば、本件配転命令①は、退職勧奨を拒否したXを退職に追い込むため、または合理性に乏しい大幅な賃金減額を正当化するためであったと推認せざるを得ない。
以上によれば、本件配転命令①は人事権を濫用して行われたものと認められるから違法である。