経済的ウェルビーイング(Financial Well-being)の重要性
ウェルビーイング(Well-being)は、1946年に採択され、1948年に発効したWHO憲章で「健康とは身体的・精神的・社会的に完全な良好な状態である」と定義された概念であり、「単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とされています。日本では、厚生労働省が職場におけるウェルビーイングについて、次のように説明しています。
「働き方を労働者が主体的に選択できる環境整備の推進・雇用条件の改善等を通じて、労働者が自ら望む生き方に沿った豊かで健康的な職業人生を送れるようになることにより、自らの権利や自己実現が保障され、働きがいを持ち、身体的、精神的、社会的に良好な状態になることを指す。」[1]
注
[1]: 厚生労働省『雇用政策研究会報告書』
EYでは、ウェルビーイングをWHO憲章で定義されている「Physical(肉体的)」、「Mental(精神的)」、「Social(社会的)」の3つの要素に加えて「Financial(経済的)」の4象限に分けて整理しています。これに「Career(キャリア的)」を追加した5象限による分類もよく見られます。
我が国における雇用政策が、実質的に国民の生活保障を兼ねるような位置づけであったことを鑑みると、厚労省の定義でいうところの「豊かで健康的な職業人生」はCareer Well-beingだけでなく、Financial Well-beingにつながるとも考えられます。
本稿では、このCareer Well-beingとFinancial Well-beingの関係を退職給付制度の観点から俯瞰し、2つのウェルビーイングの向上が人事施策の実現にどのように貢献するのか考察していきます。
日本型雇用はCareer Well-beingを犠牲に成り立っていた
そもそもなぜウェルビーイングに注目が集まるようになったのでしょうか? ウェルビーイング学会の発行する「ウェルビーイングレポート日本版2022」によると、近年ウェルビーイングが注目される理由の1つとして「VUCA」の高まりを挙げ、「先の見通しの立ちにくい社会だからこそ心身のウェルビーイングが求められる」と分析しています。
これをCareer Well-beingに置き換えて考える前に、まず従来の日本型雇用の特色を振り返りたいと思います。従来の日本型雇用モデルは、従業員が自身のキャリアの責任を担うのではなく、企業主導でのジョブローテーションといった異動や配属、スキル開発などが特徴として挙げられます。
厚労省の定義を引用して考えると、「働き方を労働者が主体的に選択できる環境整備」からは程遠いといわざるを得ません。しかしながら、日本型雇用のもう1つの大きな特徴は、終身雇用や年功的処遇に代表される「身分保障」がセットで提供されることです。
会社主導での配属やキャリア開発というのは、必ずしも労働者の自発的な動機から行われるものではないため、Career Well-beingにつながるものではないかもしれませんが、一方でしっかりと雇用や昇給といった身分保障がされることから、Financial Well-beingを通じた生活保障につながると考えられます。
こうした点を踏まえると、従来の日本型雇用が成立していたのは、長期勤続がもたらす技能の習熟と人材の囲い込みを欲する会社側の意図と、Career Well-beingを犠牲にする代わりに「生活保障」というFinancial Well-beingを得たい労働者側の利益が一致していたからともいえるでしょう。

