信頼を高める
誰しもが人との信頼関係は大切だと感じているでしょう。しかし、「信頼」とは一体なんでしょう? このように問われると言葉に詰まる人も多いのではないでしょうか。信頼とはとても捉え所のない言葉です。もちろん心理学的な定義や考え方はありますが、実は生命科学の観点からもこの言葉を説明することができます。
信頼とは?~安心できるチームをつくる~
「信頼」と似ている言葉で「信用」があります。この言葉の意味の違いは辞書によってさまざまですが、私は次のように捉えています。
- 信用:相手との理性的なつながり(客観的で合理的な判断)。
- 信頼:相手との感情的なつながり(主観的で情理的な判断)。
「信用」と「信頼」は脳の違う領域で生み出されます。信用は理性的な判断を主に司る大脳新皮質、信頼は感情、快・不快の情動を扱う大脳辺縁系と考えられています。イントロダクションで紹介した三位一体脳モデルからも、信用よりも信頼の方がより影響力があるといえます。
「あの人は『信頼』できるけど『信用』できない」「あの人は『信用』できるけど『信頼』できない」、この2つの表現を見ると後者の方が感覚的にも理解できるのではないでしょうか。
さまざまな調査で組織内での「信頼の文化」があることは業績に大きく影響することがわかってきています。そのような信頼を高めるための再現性のある方法について、科学的な原理から押さえていきましょう。
心理的安全性~チームパフォーマンスを高める重要ポイント~
「心理的安全性」という言葉は、人事領域や経営・組織戦略などに関わる方なら必ずといっていいほど耳にしたことがあるでしょう。これは、世界的に優良企業として認知されているグーグルが2012年に実施した「生産性の高いチームの特性」についての調査、プロジェクト・アリストテレスから注目された考え方です。
実は心理的安全性はグーグルが生み出したものではなく、アメリカのハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念で、起源は意外と古いものです。この調査はエンジニアリング系の115チームとセールス系の65チームを対象に4年間かけて行われました。
このときの調査では、生産性が高いチームの特性としてメンバーの人種や学歴、能力やチーム独特の文化には共通点が見いだされませんでした。しかし、2012年に行われた継続調査で、生産性の高いチームとしての5つの条件が導き出されました(図1-1)。
- ① チームの「心理的安全性」が高いこと。
- ② チームに対する「信頼性」が高いこと。
- ③ チームの構造が「明瞭」であること。
- ④ チームの仕事に「意味」が見いだされていること。
- ⑤ チームの仕事が社会に対して「影響」をもたらすと考えられていること。
そして、この中で最も重要な条件は①「チームの『心理的安全性』が高いこと」だとされています。グーグルは、この心理的安全性をベースにコミュニケーションの仕方や評価制度、仕組みづくりを行い、大きな成功を収めています。
エドモンドソンは、心理的安全性が不足している状態でメンバーが感じることとして「無知だと思われる不安」「無能だと思われる不安」「ネガティブだと思われる不安」「邪魔する人だと思われる不安」の4つを挙げています。これらを感じる状態の根底にあるものはメンバーやチームに対する「恐怖」だといえるでしょう。
心理的安全性が高まっている状態は、「メンバー1人ひとりが安心して生き生きと働けている状態」「自分らしさを発揮しながらチームに参画できている状態」「何を言っても受け入れてもらえる状態」など、さまざまな表現ができます。
ただ、心理学的に考察していくと、論理的にループしてしまうように感じられます。「心理的安全性を高めるには、互いに何を言っても大丈夫な関係をつくることです」「何を言っても大丈夫な関係をつくるには、心理的安全性を高めることが必要です」……。これでは具体的にどうすればいいかわかりません。そこで、心理的安全性が高い状態とはどういう状態かを生命科学的に考察していきます。
「心理的安全性」を満たす「身体的安全性」
心理的安全性を高めるためにはどうすればいいか? 結論から言うと、「身体的安全性」を高めればよいのです。身体的安全性を高めるには、神経系(脳・神経)、内分泌系(ホルモン)が生き残りモード(生存の危機に対応している状態)でない状態をつくる必要があります。イントロダクションでも述べた通り、心に変化があるときには必ず身体にも変化があります。ここでは特にホルモンに着目して考えていきます。
ホルモンの作用には大きく次の2つがあるといえます。
- 生き残りホルモン:自身の生存のためのホルモン。ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールやノルアドレナリンなどが含まれる。生存の危機への恐れを感じたときに分泌される。
- 生きがいホルモン:自身の進化・繁栄のためのホルモン。オキシトシンやドーパミン、セロトニンが含まれる。生存への喜びを感じたときに分泌される。
これらのホルモンのバランスによって身体的安全性が担保されます。
生き残りホルモンには、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールやノルアドレナリンなどが含まれます。このホルモンは生命の危機を感じたり、現状に対して不安を感じたりすると分泌され、身体機能を向上させ、集中力を高めて目の前の危機に対応します。このとき、消化や回復の優先順位が下がるので、ストレス状態が長期化すると、身体を壊してしまいます。
一方で生きがいホルモンには、オキシトシンやドーパミン、セロトニンなどが含まれます。これらのホルモンは自身がより幸福で豊かになったり、集団が繁栄したりする方向に働きます。そしてこれらのホルモンは互いに拮抗して働くことが知られています。つまり、生き残りホルモンが優位な状態だと生きがいホルモンが抑制され、生きがいホルモンが優位だと生き残りホルモンが抑制されるということです。
心理的安全性が不足している状態の本質は「恐怖」だと前述しましたが、まさにこの状態は生き残りホルモンが優位な状態だといえます。逆に、心理的安全性が担保された状態とは、オキシトシンによるものです。次項で詳しく述べますが、実はオキシトシンが分泌されるとドーパミンとセロトニンが誘発されて分泌されることがわかっています。
セロトニンは心を安定させ、ドーパミンが仕事へのモチベーションや行動力を高めます。これが、心理的安全性が高いチームが生産性が高いことの答えです。そして、これらの起点となるのがオキシトシンなのです。オキシトシン分泌の原則に則れば、グーグルが心理的安全性を高めるために実施し、実際に効果が出ている施策がなぜ効果的なのかが説明できます。
身体的安全性を高めるオキシトシンの出し方
オキシトシンの分泌の原則は、「心理的つながり」と「身体的つながり」です。つまり、心理的安全性を高めるための施策にこの2つの条件を意識すれば必ず効果が出ます。例えば、チーム内での雑談(業務以外のこと、プライベートなことを含む気軽な会話)が有効です。
しかし、雑談の中にもただ単に事実の報告だけの会話もあれば、安心を感じたり、心が動きワクワクするようなものもあります。チームでの交流会などで、最初は楽しく話ができていたのに、気づけば数字や業務改善についての話をしてしまっていることはありませんか?
オキシトシンを分泌させる良質な雑談のポイントは主観的で感情が共有されるものです。それは個人の価値観や実現したいこと、好きなものや嫌いなことなどが共有される会話です。日常で感じたことをシェアするのも効果的です。これらを意識することで、雑談の内容に変化が出て来ます。
また、身体的つながり(五感への心地よい刺激)という観点からもオキシトシン分泌を高められます。例えば、リラックスできる音楽をかけながら雑談してみる、美味しいお菓子を食べながら話す、いつもと雰囲気を変えて自然のある屋外でやってみるといったことも効果的です。
また、オキシトシン分泌を抑制するストレスホルモンを減らすことも有効です。ろくに休憩もとれずに夜遅くまで残業する、殺伐とした雰囲気の罵詈雑言が飛び交うチームで働く、家に帰っても家族から煙たがられる、まともな睡眠時間が取れない、など。これではストレスホルモンはどんどん分泌され、常態化され、オキシトシンの分泌も抑制されていきます。
ワークライフバランスを重視し、仕事とプライベートは分ける考え方もあります。しかし、こういった観点からすると、仕事とプライベートを切り離すことは難しく、両者は密接に関係していることがわかるでしょう。現状の人材育成の領域は主に職場内にとどまっていますが、リモートワーク推進の文脈からも、この領域が生活の質にまで広がっていくかもしれません。
POINT
- チームの生産性を高めるためには「心理的安全性」を高めることが重要。
- 「心理的安全性」は身体の健全な状態の「身体的安全性」によって満たされる。
- 「身体的安全性」を実現するためにはオキシトシン分泌が重要で、「心理的つながり」と「身体的つながり」によって分泌される。
具体的な方法
- 雑談をするときには価値観や感情が共有されるテーマを選ぶ。
- リラックスできるような音楽をかけたり、美味しいものを食べながら話してみる。
- 生活の質を向上させる。