今回の要旨
HRDXはHRテクノロジー導入と同義ではなく、その最新HRテクノロジーをてこに人事やビジネスを変革することを意味する。具体的には「人事部門の高度化」と「経営や従業員への付加価値提供」の2つの側面がある。どちらもHRテクノロジーが活躍する機会は増えるが、さらに大事なポイントはテクノロジーを通じて収集・分析するデータの有効活用であり、人事部門の高度化はOデータ(Operational Data)、経営や従業員への付加価値提供はXデータ(Experience Data)が中心となる。HRDXを通じて、過去の慣習や属人的な感覚で判断しがちな採用・異動・評価など、組織・人事の旧態依然とした世界が、事実(ファクト)に基づく科学的アプローチで、質の高い意思決定ができる世界へと変わることが今、求められている。
HRDXとHRテクノロジーは同義ではない
HRDXとはHRとDX(デジタルトランスフォーメーション)を組み合わせた用語で、HR領域においてデジタルをてこにしたビジネス変革を進めることを意味する日本固有の造語である。ちなみに、デジタルトランスフォーメーションをDTと略さずにDXとするのはプログラミング用語にdt(definition team)という表現があるので、その用語との差別化のために英語圏では接頭辞の「Trans」を「X」と書く習慣からDXと表現する。
逆に、人事部門の大規模変革を意味するHRのトランスフォーメーションはHRXとはいわずに、HRTと略すのが海外では一般的なので注意が必要である。
HRDXの本質は「人事部門の高度化」と「経営・従業員への付加価値提供」
DXはあくまで手段であって、目的ではない。その観点においてデジタル時代といわれる現代においても組織・人材マネジメントの要諦は不変である。人材マネジメント方針策定、組織パフォーマンス最大化、人事オペレーティングモデル、コンプライアンス・ガバナンス強化といった各領域にデジタルの要素がてことなって、効率化や付加価値向上を推進させることができる。
HRDXで目指すものは大きく2つに大別できる(図1)。
1つは人事部門の高度化である。これは人事部門の既存業務やシステムを省人化・効率化し、より高度な企画業務に従事できるようになるための人事変革ともいえる。既存システムの老朽化やセキュリティー脆弱(ぜいじゃく)性対応に加えて、昨今ではグローバル経営、M&Aの加速から人事データを一元管理し、適材適所を早期に実現させたい背景がある。
他方でもう1つは、人事部門に閉じず、経営や従業員側の利便性向上や意思決定の質を積極的に高めること、つまり新たな付加価値提供の観点である。この背景には昨今の人的資本情報開示トレンドにつながる「人を中心に据える(Humans@Center)」経営の高まりに加えて、GAFAMに代表されるハイテク企業を中心にAIやデータサイエンティスト、ITエンジニアのような高度専門職人材拡大ニーズの高まりがあり、各社は採用・配置・リテンションが急務にあることが理由に挙げられる。このような高度専門人材の獲得合戦は日本でも過熱しており、従業員のエンゲージメントデータやコミュニケーションデータに着目するのは当然の趨勢(すうせい)であり、今後ますます活用が期待されている。
具体的には採用から入社、能力開発、配置、評価、報酬決定など一連のEmployee Experience Journey (従業員が経験する一連の場面や機会)に関する課題の発見や解決策の検討をデータの収集や分析を通じて見つけていくことで、精度の高い人事施策を提供することが可能となる。