軍事的組織から冒険的組織へ
書籍『冒険する組織のつくりかた:「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』は、長年、人の創造性を活かした組織・キャリア論を研究してきた安斎氏が、その集大成として書き上げた。「人間の創造性や学びの力を最大限に生かした組織づくりの方法論をまとめた」という。
安斎 勇樹(あんざい ゆうき)氏
株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 客員研究員
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『冒険する組織のつくりかた:「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』などがある。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。
「冒険的世界観」というキーワードに至った背景には、20世紀のビジネス論があまりにも軍事的であるという課題がある。
歴史的には1900年代の前半から、世界大戦で培われた「兵隊を育て、統率する」ノウハウを使って、従業員を管理するマネジメントが実践されるようになった。戦術・戦略といった軍事的なメタファーがビジネスの世界で使われるようになったのもこのころだ。
「現代の人材育成で使われている研修設計や、部下へのフィードバックの方法も、理論をさかのぼると軍事的なノウハウが土台になっていることがあります」(安斎氏)
こうした軍事的な手法は、能力の異なる従業員を一律に管理して、工場で大量のものづくりをする時代には有効だった。しかし現在、働く人と組織の価値観は大きく変わりつつある。新卒から定年まで勤めあげる定型的なキャリア観はなくなり、兼業や副業、リモートワークなど多様な選択肢がある。人生100年時代といわれ、定年後の生活も長い。
安斎氏は現代の人が大事にしているのは「人生中心のキャリア観」だという。「自分の人生をどうハッピーにするか」という問いを中心において、その構成要素として会社を捉える新しいキャリア観だ。
また、企業活動に関しても、従来の市場シェアを奪い合う「軍事的な」ビジネスに限界が見えている。あらゆるマーケットは飽和し、地球の資源にも限りがある。競い合うよりも、多様なステークホルダーと協力しながら新しい可能性を探究するようなビジネスの重要性が高まっているのだ。
「不確実な世の中で、個人のキャリアもビジネスも、自分の好奇心を資源にしながら新しい価値を探究し続ける『冒険的世界観』にシフトしているといえます」(安斎氏)
そうなれば、マネジメントや組織づくりにもアップデートが求められる。しかし、この新しい世界観への移行を妨げる要素がある。「認識の固定化」「関係性の固定化」の2つだ。
軍事的世界観の名残ともいえるこれらの状態が組織に蔓延していると、冒険的世界観に基づく組織をつくるうえでは足かせになる。
軍事的世界観においては、従業員1人ひとりが余計なことを考えずに目の前のタスクだけをこなせばうまくいく、という状況がマネジメントの成功だ。兵隊は「戦争が終わったら何を食べよう」「3年後何しよう」と想いをはせることは許されず、目の前の戦いに集中する。そうすると、遠くのことが想像できなくなって物の見方が凝り固まってしまう。「認識の固定化」という問題が起きるのだ。
認識の固定化の例として安斎氏は、大手自動車メーカーのカーアクセサリーを開発するチームの実例を挙げた。
「未来のカーナビについていいアイデアが出ないからファシリテーションしてもらえないかという依頼があって、会議に参加しました。すると、なぜかタッチパネルの操作性について繰り返し話していたり、理由もなくAIの導入を前提としていたりと、無自覚な『とらわれ』が見えてきました」(安斎氏)
毎日特定のことを考えていると「こういうものだろう」と疑わなくなってしまうことがある。このように、業界や企業特有の暗黙の前提に立って考えていると新しいものは生まれないだろう。
安斎氏は、このカーナビの開発チームに「皆さんはなぜカーナビをつくっているのですか?」という問いを投げかけた。すると、チームのリーダーが「自動運転社会が来たとしても、生活者が車で移動する時間そのものがなくなるわけではない。その移動時間を豊かで快適なものにしたいから、カーナビをつくっている」と答えた。この言葉をきっかけにチームに一体感が生まれ、新しいカーナビのアイデア、そして新規事業へつながったという。
この例について安斎氏は「『AIを使ってカーナビを生き残らせなさい』という軍事的な指令には、誰も内発的にモチベートされていなかった」と考察する。ところが「なぜカーナビをつくるのか」という自分の動機に立ち戻ると、好奇心が刺激されて、ファシリテーションがなくてもアイデアが出てくるようになった。
「ディスプレイを眺め続けると目が疲れて、やがて肩こりや腰痛に至るように、認識の固定化という『組織的眼精疲労』も、放っておくと大きな問題を引き起こします。冒険心や創造性を組織の日常にいかに取り戻していくかが非常に重要です」(安斎氏)

