「採用は人事の仕事」を脱却!現場との粘り強いコミュニケーション
NECでは、2017年度時点におけるキャリア採用数はわずか55名。社員数約2万人の規模を考えれば、キャリア採用は社内でもほとんどなじみの薄い存在であったことは想像に難くない。
転機となったのは2019年度。キャリア採用を専門に担う部署を立ち上げ、本格的に体制整備が始まった。2021年度以降は、新卒とキャリアをほぼ1対1の比率で採用できる水準にまで拡大している。
もっとも、その道のりはけっして平坦ではなかった。120年超の歴史で積み上がった制度や慣行が“遺跡”のように姿を現し、その都度、活かす/埋めるの判断を迫られる地道な作業の連続だったという。

「キャリア採用を始めた当初、採用はあくまで人事の仕事という感覚が社内に根強く残っていました。ハイアリングマネージャー(人材を求める部門の上司)は、『人を連れてきてくれれば、自分が選ぶ』というスタンスだったのです。
そのためジョブディスクリプションの作成をお願いしても、返ってくるのはタスクの羅列ばかり。さらにオファーを出しても、“承諾したか、辞退したか”を確認するだけで、候補者を惹きつけようという発想自体が存在していませんでした」(大橋氏)

これではよくない──。そう感じたタレント・アクイジションチームは、部門の上司に対し粘り強くコンサルテーションを重ね、「自分のチームは自分の手でつくる」という意識への転換を促していった。
その結果、ジョブディスクリプションも単なる作業一覧ではなく、ポジションの存在理由や組織内での位置づけ、入社後に期待される成果を前提とした設計が標準となった。
さらに、採用決定後のオンボーディングでは、入社後のアトラクトやリテンションをどのように設計するか、誰がどのタイミングで関与するか、チーミングをどう立ち上げるかなど、現場から具体的なアイデアが次々と生まれるようになった。採用を「連れてくる」で終わらせず、「活躍させる」まで設計する段階へと進化したのである。
人事サイクル全体を整えて「持続可能な仕組み」に
採用に関する意識改革を進めるとともに、NECのタレント・アクイジションチームは具体的にどのような手を打ってきたのか。取り組みの柱は、次の3つに整理できる。
- 採用のライフサイクル全体を整える(土台づくり)
- 人事サイクル全体を整える(再現性と持続性)
- エージェントとの連携を強化する(パートナー戦略)
次に、それぞれを順に見ていく。
1. 採用のライフサイクル全体を整える
まず着手したのは、採用活動をライフサイクル全体で捉えることである。NECのキャリア採用では、「ダイレクトスカウトが機能しない」「途中で辞退が増える」「ペルソナが曖昧で候補者が見つからない」など、さまざまな問題が同時多発的に起きていた。
そのため、個別の課題に振り回されるのではなく、「どこに根本的な問題があるのか」「何を優先して解決すべきか」「どの調整が全体に最も効果を及ぼすのか」を俯瞰して見極める必要があった。
実際には1つひとつに手を打ちながらも、最終的に重要だと分かったのは、データマネジメントとブランディングの2つである。この2つさえ整えば、キャリア採用全体は安定的に回るという確信が、NECの取り組みを前に進める軸となった。採用の部分最適ではなく全体最適を意識したからこそ、迷走せずに基盤を固められたのだ。
2. 人事サイクル全体を考える
NECが意識したのは、採用単体の最適化にとどまらず、人事全体のサイクルを整えること。そのために導入したのが「3ピラーモデル」だ。
制度や仕組みを設計するCoE(Center of Excellence)、それを現場に届け、現場の課題をフィードバックするHRBP(HRビジネスパートナー)、そして人事オペレーションを一手に担うSSC(シェアードサービスセンター)という3つの機能がそれにあたる。
いずれか1つの機能だけががんばっても意味はない。候補者にとって良い体験をつくるには、CoEが設計し、HRBPが現場で伴走し、SSCが確実に届けるという全体の連携が不可欠である。採用を組織全体の仕組みの中に位置づけたことが、持続可能な仕組みづくりにつながった。
3. エージェントとの連携強化
NECのキャリア採用は、自社によるダイレクトリクルーティングと、エージェントを通じた採用を組み合わせて進められている。特に日本の転職市場では、候補者がまずエージェントに相談するケースが多いため、彼らの存在は欠かせない。
だからこそ、エージェントを単なる人材供給源として扱うのではなく、いかに候補者と向き合う支援をしてもらえるかを常に議論し、情報共有と関係構築に力を注いできた。
NECが掲げるのは、「1分の1の採用」である。何万人もの候補者を紹介してもらうのではなく、1つのポジションに対して“1人の最適な人材”を迎えることをベストとする考え方だ。エージェントを「外部の協力者」ではなく「パートナー」として位置づけたことで、候補者体験の質を一段引き上げることができた。
こうした施策が功を奏し、NECのキャリア採用は“ゼロからの立ち上げ”を経て、現在では新卒と並ぶ規模にまで拡大したのだ。そして、その過程で得られた学びは「タレント・アクイジション」という新たな概念の礎となっていった。

