なぜ新規事業は頓挫するのか。議論の空中戦を防ぐための「地図」とは
大長伸行氏(以下、大長):田中先生、今日はよろしくお願いします。『「事業を創る人」の大研究』は僕のバイブルで、クライアントに本を見せながら説明することもあるんです。
田中聡氏(以下、田中):ありがとうございます。
大長:私たちはbridgeを創業して8年になり、これまで300を超える多様な業種・組織の新規事業開発を伴走支援してきました。従来のコンサルティング企業では、お客さまの新規事業開発の大半を“助っ人”であるコンサルタントが担ってきました。ですがbridgeでは、逆に8割をお客さまが自ら主体的に進める形をとっています。その企業の皆さんの当事者意識がプロジェクトの推進力になり、いかに「自走できる組織」になれるかで新規事業の成否が決まると、創業当時から確信していたからです。
実際、そのようなアプローチにより、新規事業の仮説検証までは再現性をもって進められるようになりました。ただ、市場に導入する段階で頓挫することが何度もあり、仮説検証の方法や精度の問題ではなく、なにか別の問題があるのではと感じ始めたのが5、6年前です。
その頃に先生の本に出会い、「まさにこれだ!」と開眼しました。経営陣は、事業がうまくいかないのはスキルに問題があると思っている一方、現場では、社内の協力が得られないことが原因だと思っている。つまり、議論が噛み合っていないんですね。既存事業と新規事業、あるいは経営陣と現場では、まるでOSが異なるかのように価値観が違うから「わかりあえない」。それが問題の本質だと理解できました。
田中:OSが異なるからわかりあえない、というのはおっしゃるとおりですね。新規事業を推進するうえで、社内のさまざまな部署や階層間で視点が異なり、議論が噛み合わないことは頻繁に起こります。それぞれの部署が持つ情報や前提が違うために、建設的な話し合いができない「空中戦」状態に陥りがちです。
大長:「空中線の議論」に陥ると、新規事業の担当者がどんなに熱意をもって進めても組織のアセットやリソースをうまく引き出せず、結果的に孤立してしまうんですよね。
そうした状況を目の当たりにし、議論の方向性を示す羅針盤となる「地図」が必要だと強く感じました。そこで、これまで数多くの業種・組織の新規事業開発を伴走支援してきた経験に加え、多くのイントレプレナーへのヒアリングなども重ね、「わかりあえない問題」はどこから生じるのかを分析しました。そのうえで、新規事業を生み出すための「地図」として描いたものが「新規事業を自走する組織になるための10のアジェンダ」です。
田中:その考え方には深く共感します。関係者全員が同じ目線で議論し、協力し合うには、自分たちがどこに向かっていて、今どこにいるのか、そのためには何が必要なのかを明確に示す「地図」が不可欠です。大長さんの「10のアジェンダ」は、まさにその役割を果たすものだと感じています。
大長:ありがとうございます。この「地図」を通じて、私たちは企業が新規事業を成功させるための具体的なコンサルティングや組織づくりを支援しています。そして、その過程で常に直面するのが、新規事業における「失敗」との向き合い方です。多くの企業が「失敗を恐れる文化」に囚われ、それが新規事業の芽を摘んでしまっています。しかし、本当に恐れるべき失敗とは何なのか。今日は田中先生と一緒に、その本質を深掘りしていきたいと考えています。
田中:はい、よろしくお願いいたします。
新規事業の“失敗の本質”は「不明は不快」という認知バイアス
田中:既存事業側が新規事業側に批判的になる理由はいくつかあって、そのなかでも最大の抵抗勢力を、私は「不明は不快」族と呼んでいます。
新規事業のメンバーは懸命に取り組んでいるのですが、既存事業側から見ると「何をしているのかよく分からない存在」に映りがちです。しかも、どこかキラキラして見える。社内のドレスコードとは異なる服装をしていたり、自由な雰囲気で議論していたり――。最初は気にも留めていなかったのに、次第に「なんだか鼻につく」「あいつら何様なんだ」といった感情が芽生えていく。
これは単なる感情論ではなく、人間の深層にある認知バイアスの1つです。人は「分からないもの」に出会うと、本能的に「不快だ」と感じてしまう傾向があります。新規事業に対する抵抗の多くは、この“分からない=不快”という心理反応から生じているのです。
大長:なるほど。
田中:もう1つ、よくあるのが肝いりの新規事業の立ち上げに外部から担当役員を招聘し、オフィスも意思決定のルールも別にして、完全に「孤島化」してしまうケースです。それでは小粒な新規事業は立ち上がっても、その企業の未来を担うような大きな事業にはスケールしません。
そもそも、その企業でなぜ新規事業を立ち上げるのか、トップマネジメントチーム全員でコンセンサスを取ることから始めなければいけません。
評価者ではなく挑戦を推進するリーダーへ
大長:今のお話を伺い、トップがどう対峙するかが全てだと思いました。「10のアジェンダ」でも最初に「経営陣のコミットメント」を挙げ、経営陣は新規事業の「評価者」ではなく「推進者」として関わるべきだとしています。
ネスレ日本で高岡浩三さんが社長をされていたときのやり方[1]が参考になります。多くの企業では、社員が新規事業の提案をすると、役員はそれを批判的に評価して潰す、「もう少し調べてみたら?」と無駄にリソースを使ってしまう、などが横行するんですよね。でもネスレでは、役員が「チャンピオン」となって社長に提案する役割を担っています。社員から出てきたアイデアをピックアップし、それを自分のチームで検証したうえで社長にプレゼンするわけです。
こうして現場のアイデアが事業につながるのが見えるようになると、既存事業部門や工場からもアイデアが出るようになります。つまり、ここでの「コミットメント」というのは、リーダー陣が評価者から推進者にマインドチェンジし、振る舞い方を変えていくことなんです。
田中:大賛成です。新規事業とは、本来、その企業が「世の中に対して約束した理想的な未来」と「既存事業の延長線上にある現実的な未来」とのギャップを埋める営みです。つまり、新規事業とは「全社の経営目標を達成するための手段」であり、その意味では、最も強くコミットすべきは「経営者」自身です。ところが現実には、その責任や情熱の多くが「新規事業担当者」だけに委ねられてしまう。ここに多くの企業が抱える構造的な問題があります。
大長:おっしゃるとおりですね。
[1]高岡浩三・著『ゲームのルールを変えろ――ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)
“やらされ新規事業”のほうが上手くいく理由
大長:経営陣の責任としては「10のアジェンダ」の2番目の「新規事業の方針と目標」を示すことも非常に大事だと考えています。
田中:そのとおりです。我々の調査では、自発的に起案した人よりも、「君に任せたい」と企業からアサインメントされた人の方が業績を挙げることがわかっています。その背景には、アサインが行われる時点で、すでに経営陣のあいだで新規事業への合意や支援体制が整っているという前提があります。経営として方向性が共有されているからこそ、決裁も早く、リソースも集まりやすい。
一方で、経営の方針が曖昧なまま、社員が自ら起案した新規事業は、「そこまで言うなら」と一時的にゴーサインが出ても、最終的には役員間の足並みが揃わず頓挫してしまうことが多い。新規事業は個人の情熱や意志だけで進められるものではなく、組織的に立ち上げる経営のプロジェクトだという認識が必要です。
大長:この研究結果は直感に反するものですが、理解できます。結局は経営者がどう方針を決めるかが重要だと思いますが、悩ましいのは目標設定です。新規事業を売上で測るのは難しいですが、それ以外に何で測れば評価できるのか、田中先生のお考えがあれば教えてください。
田中:新規事業は短期的な売上で評価することが難しいため、私は「探索の成果を、組織がどれだけ学習として蓄積できたか」という観点で評価すべきだと考えています。たとえば、新しい領域で試行錯誤を重ねるなかで、顧客の行動や価値観についてどんな洞察(インサイト)が得られたのか。それを既存事業のマーケティングや商品開発にどう活かせたのか。そうした知識の移転や学習の循環を可視化し、マネジメントしていくことが重要です。
また、人材面の学習も同様に重視すべきです。新規事業の経験を通じて、社員がどのように意思決定力やリーダーシップを磨き、数年後にどんなポジションで価値を発揮しているか。つまり、「事業の成果」ではなく「人と組織の成長」そのものを成果として扱う発想が必要です。大事なのは、自分たちの手でコントロールできるものを計測することです。
大長:コントロールできるのは、結果ではなくプロセスだというのが実感です。
田中:サイバーエージェントの取り組みが参考になるかもしれません。「挑戦の機会を制度として提供(「あした会議[2]」)したり、失敗してもキャリアの不安がない文化(「挑戦と安心はセット」という考え[3])を醸成したり、挑戦の総量を増やすことを経営者である藤田氏が推奨しています。
大長:挑戦の機会があり、かつ心理的安全性を担保する仕組みを作るだけではなく、その挑戦が増えるように経営陣がコミットしているということですね。
[2]サイバーエージェント『サイバーエージェントの持続的成長を支える「あした会議」』(2022年3月17日)
[3]サイバーエージェント『「焦らず、自分のペースで」エンジニアとして働き続けるために、ライフステージの変化とどのように向き合った?』(2022年10月12日)
再挑戦できる文化をつくる「跳び箱理論」と評価すべき「知的失敗」
田中:私は「跳び箱理論」と言っているのですが、多くの企業は、新規事業を活性化させようとするとき、まず“挑戦量”――つまり跳ぶ回数――を増やそうとします。そのために、たとえばアイデア創発のワークショップを開いたり、魅力的なインセンティブを用意したりして、「ほら、強力なバネを用意したから思い切りあの跳び箱を跳んでみよう」と促すのです。でも、実際に跳ぶ側の社員からすれば、本当に大事なのは、バネの強度より「跳んだ後に着地するマットの広さ」です。
どんなに高性能なバネでも、飛んだ先に安全に着地できるマットがなければ、怖くて思い切り踏み切ることなんてできません。マットが狭ければ、失敗したときのダメージも大きく、もう一度跳ぼうという気持ちにはなれない。どこに落ちてもちゃんと受け止めてくれるマットがある状態なら、「次はもっときれいに飛ぼう」と、もう1度跳び箱の列に並ぶことができます。そうやって挑戦と学習のループが回り始めると、「跳び箱なんてダサい」と言っていた不良組も「何、面白いの?」とその列に入り始める。このループをつくることこそが、挑戦が当たり前になる組織文化=新規事業が生まれる土壌なんです。
大長:なるほど、わかりやすいですね。
田中:未経験者よりも経験者の方がうまくなっていきますから、失敗した人は「次の成功確率を高めてくれる貴重な経験者」とポジティブに評価するほうが合理的です。
ただ、どんな失敗でも良いわけではありません。心理的安全性を提唱したエイミー・C・エドモンドソン教授は、失敗を「単純な不注意による失敗(Basic Failure)」「複雑で防ぐことが難しい失敗(Complex Failure)」「知的な失敗(Intelligent Failure)」の3つに分類しています[4]。組織として奨励すべきは「知的な失敗」で、「顧客の意見を全然聞いていませんでした」みたいな「単純な失敗」には、きちんとネガティブなフィードバックを与えることも必要です。
[4]エイミー・C・エドモンドソン『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版、2021年)
経営人材を育成するために必要な「発達的挑戦課題」
大長:続いて、経営人材育成と新規事業開発の関係についてもお伺いしたいです。
田中:経営人材育成の研究者であるシンシア・マッコリーは、経営人材を育成するのに重要な5つの「発達的挑戦課題(developmental challenge)」[5]を挙げています。
1つ目は「異動」で、今活躍している場から不慣れな仕事環境への異動を経験させる。2つ目は「高度な責任」で、できるだけ高いレベルの経験を積ませる。3つ目は「権限がない中での関係性構築」で、大きな権限がなくても社内外のネットワークを構築して自身のチームを作る経験です。そして4つ目が「障害」で、トラブルシューティングをして乗り越えていく経験です。これらの課題を乗り越え、新しい領域の事業をつくることが、5つ目の「変化の創造」です。これって要するに、“超・修羅場経験”であり、人事界隈では「タフアサインメント」と呼ばれるものであり、新規事業をつくる経験がまさに該当しますよね。
大長:まさにそうですね。実際、最近は我々も、選抜型で次世代リーダーを育成するための新規事業プログラムをお手伝いする機会が増えてきました。今のお話は、そこで起きていることとも深く重なります。新規事業開発は、まさにこれらの「発達的挑戦課題」が凝縮された経験と言えるでしょう。一人のビジネスパーソンとして、これほど成長機会に溢れた場は他にないと感じています。
[5]McCauley, C. D., Ruderman, M. N., Ohlott, P. J., & Morrow, J. E. (1994). Assessing the developmental components of managerial jobs. Journal of Applied Psychology, 79(4), 544–560.
新規事業を経験することで起こる既存エース人材の生まれ変わり
田中:新規事業は突き詰めれば全社の経営目標を達成するためにやるものですから、経営的な視座を持って取り組まない限りうまくいきません。既存事業のエース人材が、その部門から離れて、新規事業部門に異動すると、最初は壁に当たって他責思考になります。しかし、半年から1年と続けるうちに「なんで自分が新規事業をやっているのか」と考えるようになる。
既存事業ではHOWに向き合っていればよかったのが、何もないところから作り始める状況ではじめてWHYを問うことになるんです。社史を読んだり、創業者の思いを辿ったり、自分がここにいる理由を考えたりします。そうすると、これまで自分の力でできていたと思っていたことも、たまたま周りに恵まれていたからだと気づき始めます。経験したことのないほど大きなものと対峙したときに、自分のパースペクティブが変わり、成長していくんです。
その結果、「所属企業としてやる決断をしないなら自分でやる」と言い切るところまでいくと、事業と自分のパーソナルビジョンが一致している状態なわけですから、とても強いです。
大長:我々が伴走支援する現場でも、最初は所属企業への違和感や距離感を口にしていた担当者が、取り組みを重ねるうちに「この会社で未来をつくりたい」と目を輝かせて語るようになる。そんな場面に何度も立ち会ってきました。これは、単なるスキルアップを超えた、人間的な成長を意味しているのだと感じています。自分の仕事が所属企業の未来と直結していることを実感し、既存事業だけでは得られない深いコミットメントが生まれる瞬間ですね。
田中:経営と同じ目線で語る必要があるから、結果的にそうなるのでしょう。ただ、多くは途中で失敗の烙印を押されてしまったりして、そこまで至りません。
大長:せっかく一人ひとりが変わろうとしているのに、それを摘んでしまうのは本当にもったいないですよね。挑戦を続けることで得られる貴重な学びや成長の機会を、組織がみすみす逃してしまっている。ここをどう変えていくかが、自走する組織を作るうえで極めて重要だと感じています。
田中:人が物事の捉え方を変えるには、かなり時間がかかり、事業に求められるスピード感とはどうしてもズレがあるのが難しいところです。
大長:同感です。既存のルールのなかで成果を上げていた人がカオスな環境に放り込まれ、自我が揺さぶられる。そこから「仕事ってこういうことだったのか」と自らを書き換え、リーダーに求められる一段階上の視座を獲得する。そんな成長の可能性があるのが新規事業開発のプロセスなんですね。今日はさまざまなことに気づくことができて有意義でした。ありがとうございました。


