Japan as No.1時代の成長メカニズム~Mustドリブン型成長
「Japan as No.1」とうたわれた1980年代から1990年初頭にかけて、日本企業は世界を席巻しました。その背景には、企業の成長と個人の成長が密接に結びついた、強力な「成長メカニズム」が機能していました。このメカニズムを、人材開発でよく用いられるWill・Can・Mustのフレームワークを使って説明してみましょう。
このフレームワークでは、それぞれの輪の重なりが大きいほど社員の働く意欲が高まるといわれています。
この時代の日本企業は右肩上がりに成長を続け、毎年たくさんの新入社員も採用できたため、社員には新たな仕事や役割、そして「一皮剥ける」ような挑戦の機会が次々と与えられました。任された社員は成功体験を経て自信がつき、それが「もっと高い成果を出そう」という意欲を醸成しました。その高い意欲がまた新たな仕事の機会を生み出し、できることが増えていく、という成長の好循環が機能していたのです。昇進の機会も多く、キャリアの階段を駆け上がっていく実感が、さらなるモチベーションとなったことでしょう。
その一方で、個人のやりたいことを顧みる機会は少なく、年功序列・終身雇用という日本型雇用システムに支えられた、言うなれば会社内に閉じたキャリアパスが一般的だったため、結果的に会社と運命を共にすることが個人のやりたいことに重なっていったと考えています。
企業の成長と共に「やるべき仕事(Must)」が拡大し、それに突き動かされて「できること(Can)」が拡大、個人としての「やりたいこと(Will)」は「やるべき仕事(Must)」に内包され、企業と社員が共に成長していく、というMustが中心となった構造です。ここではこれを「Mustドリブン型の成長メカニズム」と呼ぶことにします。この成長メカニズムが、日本企業の人(個人)を力強く成長させ、その集合体である企業の圧倒的な競争力となっていたのです。
2000年代以降に起こった成長メカニズムの機能不全
しかし、この強力なMustドリブン型成長メカニズムは、2000年代以降の低成長時代の到来によって、その機能を大きく損なうことになります。経済全体の成長が鈍化する中で、企業は生き残りのために徹底的なコスト管理を求められるようになりました。その結果として進んだのが、業務の「分業化」「細分化」「固定化」です。そうして効率性を追求するあまり、社員1人ひとりが経験できる仕事の幅は狭まり、専門性は深まる一方で、全体を俯瞰する視点や、異なる役割を担う機会が減少していきました。
これは、かつての「一皮剥ける経験」や「新たな挑戦の機会」が激減したことを意味します。横の広がりだけでなく、縦の成長の機会、つまり昇進の機会も著しく減少しました。社員の年齢構成もピラミッド型からひし形、逆ピラミッド型に変化し、いまや管理職になれない社員も珍しくなく、キャリアの天井が低く感じられる人も多いでしょう。
この状況は、Will・Can・Mustのフレームワークで考えると、Must(やるべき仕事)が大きくならないという決定的な変化をもたらしました。Mustが拡大しないため、それに突き動かされていたCanも拡大せず、会社の成長と運命に共にしていたWillも機能しなくなりました。このころに行っていた50歳のキャリア研修でセカンドキャリアを問われたときに、はじめて自分にWill(やりたいこと)がないことに気づいた、という社員をよく目にしたものです。
加えて、社員の成長に貢献していた終身雇用、年功序列も高い成果を上げようとする意欲にマイナスに作用しはじめ、結果として、3つの円の重なりが縮小し、かつての「高い成果をあげようとする意欲」という成長エンジンが、徐々にその力を失っていきました。

