必要なのはテクノロジーの急変化に対応するマインドセット
ITRではデジタルテクノロジーの最新動向や事例についての問い合わせを受けることが多いが、その根底には、デジタルテクノロジーを受け入れる心の準備や、社内におけるデジタルテクノロジーの重要性の共有、経営陣の理解といった部分での悩みがあることが分かってきたという。この課題を乗り越えるためには、デジタルテクノロジーに対するユーザー企業側の「マインドセット(ものの見方・考え方・価値感)」を変革していく必要がある。
現在は、18世紀から続いてきた工業化社会からデジタル化社会への転換期だ。工業化社会では、競争力の源泉は材料やエネルギー、労働力などであったが、デジタル化社会ではこれがデータに移り変わっていく。また、工業化社会では勤勉さや効率性が重視されてきた一方、デジタル化社会では創造性、独創性が重視されるようになる。デジタル化社会では、際立った創造性を発揮して市場の勝者総取り(Winner-takes-all)を起こす存在(Disruptor)も出てきた。
こうしたことから、舘野氏は「長い目で見ると、デジタル化社会では、これまでの工業化社会とはことなる価値感、考え方、ビジネスの捉え方が必要になる」と考えているという。
注意したいのは、一口に「デジタル化」といっても、デジタイゼーションとデジタライゼーションの2つがあることだ。デジタイゼーションは、アナログのデータを単にデジタルのデータに置き換えることに過ぎない。我々がいま目指すべきは、デジタル技術によって社会や産業、企業活動、人々の生活に変革をもたらすデジタライゼーションのほうである。しかし、「当社はすでにデジタル化に取り組んでいる」といっても、実態はデジタイゼーションという企業もあるようだ。
デジタライゼーションでは、生産手段、商品・サービスの内容、顧客体験などを大きく革新させることが重要なコンセプトとなる。そのため、デジタライゼーションを目標に定めると、人とテクノロジーをどう融合させるかは避けて通れない課題だ。もちろん、テクノロジーの進化によっても革新は起こる。とはいえ、それも技術価値をしっかり認識し、それを自分たちの生活や業務に取り入れて価値を引き出す人の存在が前提である。
具体的にはどのような人か。テクノロジーの理解に努め、そこから価値を引き出す方法を何とか体得する。そういう素養やマインドセットを身に付ける。そういう取り組みのできる人こそが、これからあるべきデジタル人材だと舘野氏はいう。現実問題として、こうした取り組みができることは重要である。なぜなら、デジタル化による革新も全てがバラ色というわけではなく、その過程でさまざまな課題が出てくるからだ。例えば、IoTなどによりあらゆるものがネットに接続されるハイパーコネクテッド化が進めば、問題が起こったときにその原因特定が難しくなる。こうした課題をある程度想定し、手を打っていくこともデジタル化に対応していくマインドセットの1つとして非常に重要だろうと、舘野氏は指摘した。
また、人の意識というのは自分の経験や体験に基づいて変わるものであるため、その変化は線形だといわれている。一方、テクノロジーは何かきっかけがあるとぐんと指数関数的に進化するいうことがある。しかも、近年そのサイクルがどんどん短くなっている。それだけではない。新しいテクノロジーが登場してから普及するまでのスピード、実用化に至るまでのスピードも非常に速くなっている。AIはその典型例だ。研究が始まった1950年代からずっと使い物にならなかったものが、2012年にディープラーニングが成果を上げて以降、いきなり人間を凌駕するようなパフォーマンスを出し、実用化への道も一気に開かれた。そのため、今は急速に進化したテクノロジーであるAIに、人間の側が懸命に対応しようとするフェーズにある。
「もちろんこれからも、あるとき人の意識を越えた進化を遂げるテクノロジーが出てくると思います。そういった転換点にさしかかったとき、どのように考えるか。もちろん、意識を一気に上向きに変えることは難しいのですが、少なくとも過去の成功体験の一部を取り除いて、新しい価値感、新しい傾きの中で技術を使っていく。そういうマインドセットはこれからどうしても必要になってくると思います」(舘野氏)
大切なのは、正解のない中で自分から進むべき道を探索できる能力であり、変化することを当然と捉えた上で問題をできるだけ小さな段階で対処できる姿勢。また、そうした人の行動を邪魔せず、積極的に支援する姿勢だ。