データ分析ができる人材育成が必要になる理由
ブレインパッドは、2004年の創業当初からデータ分析専門で企業を支援してきた。同社の事業の柱は大きく「アナリティクス事業」「ソリューション事業」「マーケティングプラットフォーム事業」の3つ。摂待氏は、総合調査会社、シンクタンク、インターネットリサーチ会社を経て、2012年にブレインパッドに入社。データサイエンティストとして多くのプロジェクトに参画してきた経験を活かし、現在はアナリティクス事業で顧客向けに提供する人材育成サービスの講師の1人として、社内の新卒社員研修から機械学習の初級〜中級レベル向け研修の企画、開発、提供に携わる。
同社のアナリティクス事業では、企業のビジネス変革に焦点を当てたサービスを提供しているが、創業当初から人材育成サービスを手掛けてきたわけではない。企業のデータ分析を数多くサポートする中、データ分析を内製化したいというニーズに応える形で研修プログラムとして体系化したのだという。サービス提供開始してから、すでに公開講座は累計550社、1500人以上、企業研修は累計60社、3万8000人以上が受講した。
国内ではデータ分析のスキルを持つ人材の採用難が続いているが、「ITエンジニアも仕事に必要な範囲で、AIやデータ分析に関する知識を習得することが自身の成長に必要となってきた」と摂待氏は主張し、その背景にある主な要因として3つを挙げた。
第一にインターネットとモバイルテクノロジーの普及が進んでいること。2019年6月時点で全世界の約6割に相当する45億人がインターネットにアクセスできる。
第二に世界的にテクノロジー企業の存在感が増大していること。世界の時価総額ランキングをセクター別に見ると、テクノロジー企業が金融やヘルスケアをしのぐ。その中でもGAFAやMicrosoftのように、データ活用に長じた企業の競争力が高い。
第三にAIやディープラーニングが実証段階から実装段階へシフトしたこと。以前であれば、チワワとチョコチップマフィンの画像を見分けるなどのように「簡単な画像認識」ができるというだけでサービス化できていたものが、最近では、コンクリート護岸の劣化検知で画像診断など、「様々な産業の専門性の高いタスクにも活用」され始めており、ただ「面白いね」だけでは終わらない例が増えてきた。
GAFAトップがみなAIを重視する一方、国内のデータ活用人材の供給は十分とはいえない。日本の大学には統計学部がないため絶対数として足りない。また、経済産業省が2019年3月に公開した「IT人材需給に関する調査」の報告書によれば、AI人材の需給ギャップは2025年に約45万人、2030年には約57万人に拡大するという予測もある。
データサイエンティストだけでなく分析チームを育てる
データ分析のスキルを持つデータサイエンティストを採用したいと考える人事担当者は多い。しかし、重要なのはデータサイエンスの知識よりもむしろビジネス観点を養い、課題発見力を意思決定に使うことと摂待氏は訴える。
ブレインパッドがデータ分析人材育成のための研修サービスを実施する際、顧客企業からよく聞くのが、「分析スキルだけでなく、データを活用して新しいイノベーションを創出できるビジネス接続力がほしい」「データをビジネスで活用できる人材と技術側の人材をうまくコラボレーションさせたい」「効果的な意思決定の材料としてデータは武器になるが、自社のビジネスドメイン知識を理解してほしい」などの意見だ。これらの意見から、多くの企業ではビジネス観点でのデータ活用ができる人材への関心が高い傾向がうかがえると、摂待氏は指摘した。
そして、経済産業省がまとめた企業が求めるデータ活用人材の一覧を整理し、チームをまとめる「事業マネージャー」、データ活用の戦略を考える「プランナー」、結果を活用する「エンジニア」、モデリングを行う「データサイエンティスト」の4つの役割を集めたチームを作るべきだと訴えた。それぞれの役割でどんなスキルが必要かを整理すると次図のようになる。もちろん、これら4つのスキルを全て備えた人物はいない。とかく、モデリングを行うデータサイエンティストのような人材に注目が集まるが、データを使いながらビジネス戦略を立案したり、結果を業務に活用して改善に活かしたりができる人材が求められている。
人材の採用と定着についてはどの企業も悩みが多いことであろう。IPA(独立行政法人情報処理機構)が発行した『IT人材白書2019』によれば、IT企業が今後重点的に取り組む予定のAI人材の獲得・確保方法は、企業規模を問わず、「既存社員の育成」を挙げる回答が最も多い。とはいえ、人員の多い大企業であっても、異動希望者と人材要件がマッチしないという問題を抱える。さらに、大企業なら大学時代の選考に基づく新卒採用も選択肢の1つになるが、中堅以下の場合は母集団形成自体が困難を極めるケースが多い。採用ではなく外部委託も選択肢となるが、先に述べた需給ギャップの問題から人材単価が高騰している。
一方で、人材育成に関する良い材料には、以前よりも学習環境が充実してきたことが挙げられる。10年前は集合研修や書籍を使っての自習が中心であったが、オンライン学習の環境が整備されている。さらに、世界中のデータ分析のプロフェッショナル人材がつながりを持つ場としての「Kaggle[1]」では、スキルを競うこともできる。例えば、あるインターネット関連企業ではデータサイエンス人材の採用強化を目的に、Kaggle参加に業務時間の20〜100%を使うことを認めている。
注
[1]: 企業や研究者がデータを投稿し、世界中の統計家やデータ分析家がその最適モデルを競い合う、予測モデリング・分析手法関連プラットフォーム、およびコミュニティサイト。約40万人が集まっている。
データ分析の結果を実際に活用するシーンも想像せよ
仕事と学習プロセスを一体化して人材育成を行う企業が登場する一方、採用の現場からは「経歴やスキルは素晴らしい人材でも、配属先での仕事の進め方に馴染めずに定着できないケースが散見される」「データ活用人材の採用・育成がうまくいっている会社があるのか。本当にあるならば話を聞いてみたい」など、人材育成に懐疑的なコメントを聞くこともあると摂待氏は打ち明ける。
加えて、データ分析に関するスキルを身に付けることに意欲的な人材側からも、「どこからどこまで勉強すればよいのか」「頑張ったのに評価してもらえないのはなぜか」といった悩みの声を聞くという。確かにデータサイエンティストやAIエンジニアを目指そうとすると、エンジニアリング知識に加えて、統計学・機械学習に関連する数学や、ビジネス知識まで幅広い知識が求められる。若手からすると、建築家ガウディが設計した「サグラダ・ファミリア」の建設に例えられるくらい、長く険しい道に見えるのも無理はない。
摂待氏は、データ分析組織のリーダーを長年務めた河本薫氏(滋賀大学データサイエンス学部教授 兼 データサイエンス教育研究センター副センター長)の言葉を引用し、「会社に対するバリューを示すこと、ビジネス課題を分析の出発点にすること、データ分析とKKD(勘と経験と度胸)のいいところ取りが必要になること」をアドバイスした。
また、経営層の肝煎りでデータ分析がスタートすることはよくあるが、ビジネス課題を明確にしないままプロジェクトを進め、失敗することは少なくない。例えば、農機具メーカーの開発リーダーが「機械学習を活用し、新しい機能を搭載した製品を開発し、業績を伸ばしたい」と社長に言われたとしよう。仮に決められたエリアをスケジュール通りに耕作する「自動運転機能」を実装できても、肝心の農家から「怖い」と思われるようでは、新製品は市場に受け入れられない。そうならないようにするためのチェックポイントとして摂待氏が挙げたのは、「実現できないことを理解しているか」「必要性や存在意義が明確化しているか」「適切な問題解決アプローチになっているか」の3つである。
実現したい価値と状況を踏まえると、データ分析やAIが適切な問題解決手段とは限らない可能性もある。例えば、業務フローがマニュアル化できて処理件数が少ない場合には、RPAのほうが適していることもあるし、高額な投資が必要になることを勘案すると、アウトソーシングが有力な選択肢になるかもしれない。要は、何もかもAIで解決しようとしないことだ。
自社のビジネスモデルや業務領域から各自に必要な技術を理解する
組織的にデータ分析を行うときには、プロセスにも注意が必要だ。摂待氏らが支援してきた経験をもとに、多くの企業の分析チームを見ると、プロセスの中に2つの障壁があるのだという。その1つは課題設定が不十分なまま分析に進んでしまうこと、もう1つが結果を施策に落とし込めないことだ。
なぜそうなるのか。摂待氏は「企業内のビジネス課題とデータ分析プランの整合性が取れていないから」と説明する。データ分析で重要なのは、入口に当たる課題設定と出口にあたる施策の定義であり、「分析作業そのものよりも前後を意識することが重要」と加えて訴えた。
また、データ分析のプロセスの進め方は、試行錯誤を繰り返す「螺旋(らせん)フロー型」であると摂待氏は指摘する。プロジェクトのフェーズは「ビジネスの理解」「データの理解」「データの準備」「モデリング」「評価」「展開」で構成されるが、順番は厳密ではなく、必要に応じてフェーズ間を行き来して作業を行うことが多い。それなのに、ウォーターフォールのイメージで順序正しく進めようとすると、多くの場合、ビジネス現場が求めているアウトプットを出せないままプロジェクトがタイムアップになってしまうという。
なお、摂待氏はデータ分析を教える中で、エンジニアは真面目で勉強熱心な人が多く、多様な技術を習得することがビジネスで価値を出すことにつながると考える傾向が強いことにも気づいたという。その結果として、ビジネス課題の本質や分析結果の活用法に目が向かなくなることを指摘する。そうならないようにするには、「自分たちの会社、チームが向かうべきビジネスゴールを明確化すること」が重要と摂待氏は述べ、「それが分かれば、自分に必要なスキル(データ分析知識・技術)が見通せるようになる」とアドバイスをした。
これまで問題解決力(知識やスキル)を身に付けることに専念してきたエンジニアは多い。これからは解決だけに注力することなく、課題の発見に長けたビジネス側の人材と同じチーム内でコラボレーションをすることが必要になる。最後に摂待氏は、データ分析のスキルを身に付けて、成長したいと考えるエンジニアに向け、自社のビジネスモデルや業務領域についての理解を深めること、ビジネス全体の目的や自分の関わる業務の意味合いから自分に必要な技術を理解することの重要性を訴え、「真のビジネス成果につながるスキル習得に努めてほしい」とエールを送って、講演を終えた。