紙の請求書が原因の無駄な作業は企業競争力を削ぐ
1つ目のセッションは基調講演として、内閣官房 情報通信技術(IT) 総合戦略室 参事官の浅岡孝充氏と、株式会社インフォマート 常務取締役 中島健氏をパネリストに迎えて「経理部門から考える、withコロナにおける税務行政とサービス事業者の在り方とは?」と題したパネルディスカッションが行われた。モデレーターは、株式会社マネーフォワード 取締役 兼 Fintech 研究所長 瀧俊雄氏が務めた。
ディスカッションでは冒頭、瀧氏から、コロナ禍で経理においてもデジタル化が進んではいるが、従来業務を単にデジタル化するだけではなく、業務効率を高め本来打ち込むべき業務に時間を割けるようにすることが重要だろうというテーゼが示された。
そのための課題としてトピックに挙がったのは「請求書」。中島氏によれば、受発注システムを手がけるインフォマートが、請求書処理だけでもデジタル化してほしいという顧客の声に推されて2015年に開発してみたところ、想像以上の効果があったという。また浅岡氏は、いまだ請求書は郵送が多いが、そこには請求元でデジタルになっているものを、請求先ではデジタルから紙にするという無駄が生じていることを指摘。競争力の面でも、企業は大いに危機感を持つべきだとした。さらに、瀧氏は通信キャリアを越えて電話がつながるように、請求書もあらゆる企業間で流通するデータ連携の仕組みをつくり、それに準拠しないと企業が不便を感じるようにする必要があるだろうと述べた。
もちろん、そうした仕組みの構築・普及には時間がかかる。中島氏と瀧氏はベンダーの立場から、未体験のソリューションを理解してもらうことには大変な苦労があるという。しかし、まずはどの企業も請求書のデジタル化にトライしてみることが肝要だと浅岡氏は背中を押す。瀧氏は、絶対無理だと思えることでも、実際にやってみるとのめり込む場合は少なくないし、デジタルネイティブな若手に任せてみるという手もあると提案。中島氏は小さく始めることがポイントだとした。
2つ目のセッションは「経理責任者と監査法人が実践から語るリモートワーク決算&デジタル監査の勘所とは?」と題し、PwCあらた有限責任監査法人 企画管理本部 部長/執行役副代表 <アシュアランスリーダー/監査変革担当> 久保田正崇氏と、株式会社マネーフォワード 執行役員 経理本部 本部長 松岡俊氏が登壇した。
このセッションでは、まず松岡氏から、マネーフォワードが「四半期決算をテレワークで乗り切った方法」が説明された。同社では昨年からリモートワークを前提とせずに、経理業務の改善を進めていた。それが偶然にも、「紙と押印」「オフィスに来ないとアクセスできないシステム」「監査法人、税理士等の外部専門家と連携」という、リモートワークの実施で課題となる点を解決することにつながった。ポイントは、同社の経理本部が全般的にクラウドツールを使って業務を構築していたこと。またその上で、経理に関するワークフローがすべてデジタル化されていたこと。さらに、事前購買申請、インターネットバンキング、クラウド会計などのシステム間がすべてAPI連携になっており、CSVファイルのやり取りがないこともあった。監査法人による四半期レビューについては、監査人にクラウドで構成された経理システムにアクセスする権限を渡すことで解決したという。
続いて、久保田氏からは、リモートワークでどのように監査を進めたかとそれに基づく将来の展望が紹介された。日本では多くの企業が年度末決算を迎える3月にコロナ禍が本格化したわけだが、それによる監査上の課題として「将来見積もりが非常に難しい」「リモートのため通常実施すべき手続きができない・遅延」があった。このうち後者の課題については、久保田氏は監査プロセスのデジタル化で対応可能だとする。具体的には、監査業務を行うプラットフォーム「Aura」、被監査会社と監査人との間でセキュアに資料を共有するプラットフォーム「Connect」といったツールの利用、オンライン会議による「バーチャル監査室」の設置、RPAとTCC(テクニカルコンピテンシーセンター)の活用を実施した。一方で、「従来の紙資料がPDF化されただけ」「作業時間に変更はなく考える時間の増加につながっていない」という課題も残ったという。これについては、部分的ではなく全てにおいてデジタル化を図る必要があると久保田氏は強調した。
この後、両氏によるディスカッションを展開。「監査資料の提出手段」「物理的な実査等の監査」「確認状」「監査法人と会社のコミュニケーション」「会社のネットワークに入らないとアクセスできないシステム」「監査AIエンジン」と幅広いトピックについて議論が交わされた。
丁寧なエンドユーザーサポートがシステム導入成功のカギ
最後のセッションでは、4名によるパネルディスカッション「各社の管理部門が赤裸々に語らう この1年間で取り組んだバックオフィス業務改革とは?」が行われた。パネリストは、株式会社オカフーズ 事業支援本部 経理部 部長代理 鈴木香奈恵氏、株式会社 JTB沖縄 経営企画課 グループリーダー 桒原健二氏、リゾートトラスト株式会社 IT推進部 IT戦略企画課 課長 立花秀樹氏。モデレーターは、株式会社マネーフォワード クラウド経費本部 本部長 今井義人氏が務めた。
1つ目のトピックは、経理業務において「コロナでどんな変化がありましたか?」。桒原氏は、できる限り出社を控えるようにという指示を受け、それに従ったものの、在宅勤務・テレワークではどうしても対応できない業務があったと明かす。しかし、マネーフォワード クラウド経費を導入した経費精算をはじめ、部分的にはシステム化されている業務があり、それらについてはコロナ禍の影響を受けなかったという。働き方としても、システム化された部分をより積極的に活かす方向にシフトするとともに、在宅でもできる業務と出社が必要な業務とを切り分けて行うようになったと述べた。
鈴木氏は、オリンピックを視野に入れてテレワークの導入に動いていたため、コロナ禍で出社が難しい状況になっても動揺はなかったという。ただ、導入のスピードは格段に上がった。経理部としては対応に苦慮しそうなところだが、マネーフォワード クラウド経費をまさに導入し終えたタイミングで、経費精算については全社的にテレワーク対応ができたとした。
立花氏も、すでにペーパーレス化を推進していたため、コロナ禍でも大きな問題は発生しなかったと明かす。経理部も全員が出社せずリモートワークを行っても、業務は滞りなく進んだと胸を張った。
2つ目のトピックは「新しい取り組みを社内へ浸透する際に気を付けていることは何ですか?」。自社は社員40数名の規模なので、新しい取り組みについては社長からのトップダウンによる指示に従う形を取っているという鈴木氏。しかし、全員一律の説明会などでは、どうしても2割ほどの社員は取り残されてしまう。以前はその2割の人に都度対応を行っていたが、最近ではもっと積極的にフォローする動きになっている。経費精算でいえば、マネーフォワード クラウド経費の小回りの利く設定機能を使ってその人専用の機能を追加したり、マニュアルも個別に作成したりしている。もちろん、それにかけられる時間は限られているので、さまざまなツールを組み合わせてうまく利用することで作業を効率化している。
桒原氏は、どんな仕組み・システムも運用がうまくできなければ意味がないと強調。また、うまく運用していくためには、エンドユーザーである従業員が仕組みを理解し、「これを使うと絶対便利だ」と納得してもらう必要がある。そこで、従業員一人ひとりに、新しい仕組み・システムを導入した場合にどのようなメリットがあるか、将来的なことも含めて丁寧に説明。マネーフォワード クラウド経費もそうして少しずつ社内の利用を増やしていったという。さらに桒原氏は、運用のためには新しいルールや規定を作ることも大事であるけれども、むしろ、熱意や説得力といった人間的な部分のほうが納得感が大きくなると指摘した。「ポジションの上下にかかわらず、熱心に取り組んでいくことが非常に大事だと思います」(桒原氏)
立花氏は、最近よく経営陣から「システムを導入しても従業員に使ってもらわなければ意味がない。だから、徹底的に使ってもらえ。使い切れ」と言われるのだという。システムを使い切ってもらうためにどうするか。マニュアルを渡すだけでは読んでくれない人もいるので、動画のマニュアルを作成した。請われれば説明会も開いている。システムの利用者側は使い勝手にとても敏感なので、できるだけ簡単に説明し、実際に使ってみて便利さを実感してもらう。立花氏は「IT部門としてはそうした準備・対応を第一にしっかり行うようにしている」と述べた。
システム化できず運用でカバーしていることとは?
3つ目のトピックは「システム化できず運用でカバーする判断をしたエピソードがあれば教えてください」。具体的には、マネーフォワード クラウド経費で対応できていないところを運用でどうカバーしているかを尋ねたものだが、桒原氏は例として代理承認を挙げた。上長承認が止まっている場合でも、その上長がいま承認できる状況にあるのかどうかは分からない。ここはシステムで把握して対応するということは現状できないため、現場が機転を利かせる必要があるとした。
立花氏もやはり承認について触れた。承認者が忘れているケースは少なくない。そこで、2週間滞っている承認があれば、システムがメールを送信する仕組みを開発したという。運用でカバーする部分ももちろんあるが、ITでできる部分はITを活用することが有用でしょうと、立花氏はIT部門らしい意見を披露した。
4つ目のトピックは「プロジェクトを推進する際、経営層から協力を得るために意識していること、工夫していることはありますか?」。桒原氏は少しずつ巻き込んでいくことが重要だという。プロジェクトの一部のメンバーだけで進めようとすると反発が出るし、リスクに気づかないという恐れもある。また、経営陣には定量的に数字で報告をすることが承認や決裁を引き出す上で大切だとした。
最後にまとめとして、各パネリストから次のようなコメントを得てパネルディスカッションは締めくくられた。
「コロナ禍で紙やはんこをなくすペーパーレスが有用であることが明らかになりました。紙を使って手作業している業務をいかにデジタル化するかは今後の重要課題だと思います。この流れは決定的ですので、そうなるものだと思って取り組んでいく必要があります」(立花氏)
「企業において、財務・経理機能はますます重要になっていくと思います。これからはより早く経営判断をして市場にコミットしていく必要がありますが、その指針となるのが月次の数字や財務の確定数値です。ここを決められる経理部門は、経営に一番大事な材料をつくっているわけです。もっと重要性を増すでしょう。変革を恐れるのではなく、より早く・より正確な経理を追求していただきたいです」(桒原氏)
「コロナ禍によって出社できなくなりましたが、オンライン会議ツールなどを使って社外の人とつながるようになりました。経理の人はこれまで社外の人とつながることはほとんどありませんでしたが、これをきっかけにいろんな場に出ていけるように思っています。他社の経理部門の方とお話ができる機会がもっとあってよいと思いますので、お声掛けいただけたら幸いです」(鈴木氏)