改正の全体構造——4つの領域、20以上の変更項目
2027年の施行に向けて議論が進んでいる労働基準法(以下、労基法)の大改正。最も重要な軸の部分については前回記載しました。2023年12月の「新しい時代の働き方に関する研究会 報告書」、2024年の「労働基準関係法制研究会報告書」により、改正の基本方針は固まっています。
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報告書に記載された論点だけでも20以上あり、並行して強く関係すると思われる改正も含んで、多くの論点が検討されています。これらは前回の考察したとおり、企業の実務対応や人的資本経営の視点を加味すると、4つのポイント「多様な働き方の推進」「労働時間法制の見直し」「労使コミュニケーションの深化」「働き方のIT戦略の実現」に整理できるものと思われます。この後編では、筆者が分類したこの枠組みに沿って、人的資本経営の積極的な推進の観点を加味して具体的に解説します。
それぞれのポイントで企業には選択と設計の必要があります。そしてその選択は、自社の人的資本経営における人材戦略と整合し、「経営戦略とつながった人材戦略における、働き方の戦略構築」の必要があるものだと考えられます。
【ポイント1】多様な働き方の推進——場所と所属の拘束からの解放
第1のポイントである「多様な働き方の推進」は、企業の人材活用の戦略性を根本的に高めるものです。
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最も基盤的な変更が「『事業』概念の検討」です。現行法では「事業場」という物理的な場所を単位として36協定の締結や就業規則の適用が行われますが、リモートワークなどの場所によらない働き方が一般化し、工場や事務所といった場所の性質ではなく、職種別機能別に企業が経営されているいま、場所で区分する意味は薄くなっています。改正では、就業規則や36協定など労使協定の締結を、全社一括や戦略的な単位でも行えるようにする方向で検討されています。営業所や工場ごとに規程や労使協定を締結していた手間を省けるケースは多いと思われ、利便性の向上が見込まれます。しかし私は、この改正の本質はそういうことではないと思います。
人的資本経営において、人材戦略を定めるために「人材ポートフォリオ」の重要性がクローズアップされましたが、今度の改正で、人材ポートフォリオのような戦略単位別の働き方の戦略構築に対し、就業規則や労使協定などの形式面を合致させられるようになったと捉えられます。
「人材版伊藤レポート(1.0)(2.0)」では、人材ポートフォリオを人的資本経営の基礎概念に置き、「目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、人材(質・量・役割)を設計・構築するため」の区分であると捉えています。今回の「『事業』概念の検討」により、働き方や労務管理を、全社あるいは戦略事業単位(SBU)、事業部、職種、特定の課題があるセグメントなどにおける人材ポートフォリオに基づいて検討できるようになり、企業の発展や、働きがい・働きやすさの増進が行いやすくなります。就業規則の周知により、実質的な戦略の内部開示も行えるようになります。これらは多様な働き方の戦略の基点であり、重要な改正です。
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事業場の概念の変更と並んで重要なものの1つが「副業・兼業における割増賃金」の見直しです。現行制度では労働時間を通算して割増賃金を計算する必要があり、この煩雑さが副業受け入れの障壁でした。改正では、健康確保の観点から労働時間の把握は維持しつつ、割増賃金計算は通算しない方向で調整されています。これにより専門人材の部分的活用が容易になり、フルタイム雇用では確保困難な高度人材とプロジェクトベースで協働できます。ただし、副業・兼業をどの範囲で認めるか、守秘義務や競業避止をどう設定するかは、自社の事業特性に応じた判断が求められます。
他にも、働き方の自由化を持続可能にする複数の制度が検討されています。「つながらない権利」は勤務時間外のメール送信やチャット通知を制限し、常時接続状態による疲弊を防ぎます。「管理監督者等の健康確保」の強化は、自律的な働き方をする管理職の健康を保護します。「年次有給休暇取得時賃金改善」は休暇取得を促進し、「家事使用人への労働基準法適用」は家内労働における保護を拡大します。また、並行して検討されている「賃金決済方法の柔軟化(デジタル払い)」の推進は、多様化する働き方や海外人材に対応した給与支払い手段を提供します。これらは自由な働き方が健全に機能するためのセーフティネットとして位置付けられます。

