企業がアジリティを持つための施策と事例
企業におけるアジリティとは、環境変化に迅速かつ柔軟に対応できる企業の能力をいう。これに適切に備えた企業は、ビジネスの混乱がもたらすマイナスの影響を軽減し、市場の変化によって生まれる機会を生かすことができる。
そして、このアジリティを下支えするのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。DXを実現するには、 デジタルツールやデータを組織に組み込み、人、プロセス、テクノロジー、ガバナンスに関する統一されたビジョン、計画、ロードマップで支えることが重要である。
また、企業のアジリティにおいて、最も大切な要素は人材だと強調したい。その理由は、企業のアジリティの根幹には人材と、人材が形成するスキル、チーム・組織があるためである。次に示すのは、企業がアジリティのある組織に行き着くために、経営層とそれを支える戦略部門、特に人事部門がたどるべき4つのステップである。
①従業員の心身の健康の担保
まず第一に、従業員の精神的・肉体的な安全と安心の確保、つまり従業員のケアである。特に、在宅勤務やオフィス外での勤務となれば、従業員の家族も影響を受けることから、従業員自身の業務遂行環境だけでなく、その家族が安心して生活できる環境の担保も必要となる。子供や父母の世話は必要ないか。慣れない環境でストレスや疲労がたまるが、精神的に落ち着きを取り戻して支障なく業務に集中できる環境はあるか。人事部門が中心となり、現場のリーダーとともにこうした課題に取り組んでいく。
②社員のエンゲージメントと生産性
次に、従業員が会議や出張に参加できる環境や、指示時には自律を促す環境の担保である。具体的には、在宅勤務やテレワークの推奨、それを生産性高く実現できる環境の整備である。デバイスやネットワーク環境、業務を行う場所、外国籍の社員のサポートなど、ルール作りも含めて、従業員の生産性とエンゲージメントを向上させる基盤を確保する必要がある。さらに、対面でのコミュニケーションが難しい環境下においては、従業員のエンゲージメントレベルを正確に把握するためのサーベイや定期的な会議体、オープンで透明性のあるコミュニケーション基盤が必要となる。
③顧客の成功
社内のみならず顧客の環境にも大きな変化があるはずだ。そのため、社外の状況も理解した上で顧客の成功を支援する人材と組織が必須である。人事部門にとって顧客は遠いことが多いかもしれないが、ビジネス部門のパートナーとなり、市場や顧客の状況の把握とそれをサポートする人材に必要な技能や経験などを分析し、次に紹介するアジリティ組織の作り方に反映する必要がある。
④アジリティのある組織
アジリティのある組織を作り上げるには、さらに次のことにも取り組まなければならない。
- ビジネス計画(人事計画を含む経営計画)を作り、さらにそれを常に見直し変更するプロセスを作る。計画は立てて終わりではなく、外的内的状況を踏まえて常に柔軟かつ迅速にアップデートする。
- 1.で作った計画を実行できる組織、ビジネスワークフローやプロセスを構築する。つまり計画を実行するためには組織と人が必要で、計画が実行される人の採用、配置、そしてジョブの定義や評価、報酬に至るまでを定義する必要がある。
- 2.で定義した人材を育てる教育やトレーニングを計画し実施する。
- 日々迅速かつ柔軟にビジネスを行えるように、経営や人事部門はフロントマネージャー(現場の管理職)を中心に権限委譲を行い、意思決定に必要なデータや情報を与える。
アジリティのある組織の構築事例
アジリティのある組織を構築するにあたり、人事部門が大きな役割を果たした事例として、米ワークデイ、ニトリ、日立製作所を紹介しよう。
事例①:米ワークデイ
日本が緊急事態宣言を行う約2か月前、米ワークデイでは経営陣および人事部門リーダーから新型コロナウィルスに関する注意喚起がなされた。その後、出張の制限、社内外の人と対面で行う会議のルール、来社する人のための体温測定や衛生管理のルールなど、さまざまなガイダンスが通達された。
また同時に、数回の社員向けエンゲージメント調査を行い、必要な支援から現状の精神状態や不安要素に至るまで詳細な意見を従業員に求め、それをもとに会社が支援策を決めた。具体的には、臨時ボーナスの支給、在宅勤務やリモートワークに必要な経費の支給、有給休暇は特別休暇の設定、家族支援プログラムの提供などだ。働き方が変化しても、従業員が引き続き成果を出せる環境の提供が軸となっている。
支援策を決める過程では、人事のリーダーを中心に経営陣と議論を交わし、年度始めには予定していなかった投資や予算の再配分のための調整を行った。この間わずか数か月と、アジリティのある判断と実行がなされた。
事例②:ニトリ
ニトリはアジリティのある経営と人事を実践している企業の一つである。国内の緊急事態宣言後も店舗の継続営業を行っているが、その裏には綿密な人事戦略があった。定期的に従業員(特に店舗にいる社員)にエンゲージメント調査を実施し、業務上の課題にとどまらず、個人的な課題や思いに至るまでヒアリングした。集まった声の中には、結束が固まりつつある現場とは裏腹に、人事や本部など経営側に対する不信感を募らせているというものもあったそうだ。
同社はそうした声に耳を傾け、1つずつ対策を行いつつ、Beforeコロナと同様のオペレーションを維持した。ビジネスの業績も従業員のエンゲージメントも平常時と変わらない。これを可能にしたのは、ニトリが従業員一人ひとりのキャリアを考慮した教育プログラムをデジタルツールで配備し、個人の自律や個を活かす経営に努めてきたことにある。これが組織の“筋肉”を育て、状況の変化に柔軟かつ迅速に対応し、Beforeコロナと同様のオペレーションを可能にした。
事例③:日立製作所
ジョブ型人事やグローバル人事を導入した日立製作所も、いち早く従業員のエンゲージメントに目を向けた企業の一つだ。従業員のエンゲージメントを高め、生産性向上やイノベーションを実現する組織を作ろうとしている。
同社では社員の命と健康を第一のスローガンに、従業員サーベイを実施。それを分析して、社員一人ひとりの強みや課題、配置配属のフィット感などを踏まえ、心身の安全安心を前提として、社員がいきいきと活躍するための意識変革を促すフィードバックや、精度の高い人事施策を行ってきた。
以前から行ってきたこの人事施策が奏功し、コロナ禍によるさまざまな環境の変化にも対応できるアジリティを同社にもたらしている。