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人事労務事件簿 | #18

会社の懲戒処分の程度が重きに失し、裁量権を逸脱したとして無効と判断(横浜地裁 平成10年11月17日)

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 企業は、業務で過失を犯した従業員に対し、就業規則にのっとって一定の処分を行うことができます。しかし、処分の程度が過度にならないよう、十分配慮することが求められます。今回紹介するのは、過失の内容に対して処分が重すぎるとして従業員が会社を訴え、それが認められたケースです。処分が重すぎると裁判所が判断したその線引きはどこであったか。就業規則を適正に運用するためにも、またトラブルを避けるためにも確認しておきましょう。

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1. 事件の概要

 本件は、被告人(以下「A社会福祉法人」)が設置経営する保育園(以下「B保育園」)の保母であるXおよびY(以下「X」、「Y」)が、A社会福祉法人から受けた出勤停止処分および滅給処分は無効と主張し、A社会福祉法人に対し、未払いとなっている賃金の支払いを求めた事案です。

(1)当事者

 A社会福祉法人は、認可保育所であるB保育園を設置運営する社会福祉法人です。

 XおよびYは、いずれもB保育園に勤務する正規保母であり、3歳児クラス(以下「桃組」)22名を担当していました。

(2)就業規則

  A社会福祉法人の就業規則は、次のとおり規定しています。

[44条]
 制裁は、その情状により、次の区分に従って行う。

● 一号

譴責:始末書をとり、将来を戒める

● 二号

減給:一回の額が、平均賃金の一日分の半額、総額が、一賃金支払期における賃金総額の10分の1の範囲内で行う

● 三号

出勤停止:14日以内で出勤を停止し、その間中の賃金は支払わない

[45条]
 従業員が次の各号の一に該当するときは、その情状に応じ、前条の規定による制裁を行う

● 二号

正当な理由がなく、B保育園の諸規程、指示に従わず、または不正な行為があったとき

● 一三号

その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき

(3)園児の放置

①公園の散歩

 XおよびYは、平成8年9月11日、前日に予定していた園外散歩が雨で中止になったため、当日のスケジュールを週案で予定していたグループ決めから、園外散歩に変更しました。

 2人は午前10時過ぎに桃組のB保育園児21名(欠席1名)を連れて、公園まで散歩に出掛けました

 公園でしばらく遊んだ後、探検コースに行きたいという園児の意見があったため、Xが先頭になり、Yが最後尾について探検コースを通り、市民の森の出入口まで来ました。

②B保育園に帰ろうとしたとき

 XおよびYは、園児を2列に並ばせてB保育園に帰ろうとしました。

 しかし、数人の園児が蚊に剌されてかゆみを訴え、中には泣いている園児もいたため、Yが、園児に薬を塗ることにしました。

 Xは、Yが薬を塗り終わるのを他の園児とともに待っていました。

 その間にXは、市民の森の出入口の脇に山ごぼうが生えているのを見つけ、取っていたところ、クワガタがいるのを見つけたため、クワガタも持ち帰ることにしました。

③園児が駆け足でB保育園に向かう

 この間に、2人の園児が桃組の集団から離れ、駆け足でB保育園に向かいましたが、X、Yともに、このことに気づきませんでした。

 Yが薬を塗り終え、B保育園に向かって出発する際、XおよびYが再度人数確認を行ったところ、両園児がいなくなっていることに気づいたため、Xがその場にいる園児を止め、YがB保育園のほうに向かいました。

 B保育園の時間外託児員であるZ(以下「Z」)は、自宅の庭を掃除していたところ、偶然両園児が市民の森のほうから走ってきたのを見かけたため、2人を引き止め、XおよびYと他の園児が来るのを待ちました。

 そして、Zは「先生やお友達を探しに行こう」と言って2人を連れて歩き出したとき、Yが市民の森のほうから走ってきて、2人を発見し、連れて市民の森の出入口に戻りました。

 XおよびYは、両園児に、勝手に保母より先に行かないように注意し、他の園児にも同様の話をして、午前11時過ぎにB保育園に帰りました。

④園長への報告

 桃組の園児は、午前11時30分から昼食を食べ、午後1時から3時のおやつの時間まで午睡をしました。

 XおよびYは、園児の午睡中、今回のミスにつき何がいけなかったかを話し合い、午後2時30分頃、園長に口頭で報告しました。

⑤園長の指示と報告

 園長は、同日午後5時過ぎ、Xに報告書の用紙を渡して、今日のことを書くように、と指示しました。

 Yはすでに帰宅していたため、翌12日の朝、園長から報告書の用紙を受け取りました。XおよびYはいずれも、指示を受けた次の日に報告書を提出しました。

 その中で、XおよびYが同時に別々のことを行ってしまったことが今回の原因であり、お互いに声を掛け合って、XおよびYのうち1人は園児全体の動きに気をつければ防ぐことができたと反省した旨を記載しました。

 また、Yは、同月21日の朝会で園長や他の保母に今回のミスを報告し、同月11日付けの保育記録の中でも事実経過を記載した上で、「人数の確認と保母の間の声のかけ合いは十分にするように気をひきしめていきたい」と記載しました。

⑥園長の認識

 A社会福祉法人は、同月17日または18日の理事会において、園長からの口頭の報告に基づき、XおよびYに対する処分を決定しました。

 その当時、園長は、XおよびYの報告書およびZからの報告に基づき、XおよびYの当日の行動等に関して次のような認識を有していました。

  • XおよびYは、当日の天気が晴れたため、改めて指導案を作成することなく、急拠散歩に変更し、集団行動から外れがちの園児に対する格別の打ち合わせをすることなく公園に行った。
  • 帰園の際、一部園児の声に乗って予定を変更し、道らしい道もなく一部バラ線さえ存在する急斜面の藪を通ることとなる探検コースを通行した。
    その際、2グループに別れて別々に藪の中を移動しており、XおよびYは、“クラスの全体を視野から離さない”という保育の常道を無視した。
  • 2人の園児が離脱してから、XおよびYが同園児を発見するまでに30分前後要している。
    当日のXおよびYは連携を欠き、いずれも特定の園児らに向き合ったため、その他の園児が保母の目から離れた結果、園児が離脱した。
    XおよびYの行動は、保育のあり方や園児の安全確保といった保母の基本的な心構えを全く欠いている。
  • また、その後XおよびYが行った報告を見ても、XおよびYが反省を行ったと評価することができない。

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この記事の著者

坂本 直紀(サカモト ナオキ)

人事コンサルタント、特定社会保険労務士、中小企業診断士、坂本直紀社会保険労務士代表社員。就業規則作成・改訂、賃金制度構築、メンタルヘルス・ハラスメント対策社内研修などを実施し、会社および社員の活力と安心のサポートを理念として、コンサルティングを行う。 ホームページに多数の人事労務管理に関する情報、規定例、...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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