「身に付けたスキルを使う場がない」問題
「普段の業務ではデジタルツールを使う機会が少なく、危機感がありました。なので、動画学習サービスを使ったりして、自分である程度のスキルは習得したんです。でも結局、デジタルツールを仕事で使う機会は部署を異動しないとありません。異動希望は出していたのですが、なかなか叶わなくて──」
昔ながらの出版社に勤めていた都内在住の会社員女性、Aさん(35)。新卒時点では望んで入った会社でしたが、入社から10年以上が過ぎると、デジタル化の波はますます強まる一方なのに変わらない会社の状況に、苛立ちを覚えるようになりました。何より、デジタル系のスキルが身に付かない仕事内容に、自分のこの先のキャリアに不安を覚えたといいます。
そこで自ら、週末にデジタルツールを学ぶ集中講座に通ったり、動画学習を使ったりして、自らを「デジタルリスキリング」。PhotoshopやCanvaを使ったクリエイティブの作成スキルを身に付けたり、Google Analyticsなどのデータ解析ツールを使いこなす勉強会を自主的に社内で開いたりしたそうです。
しかし、やがてAさんが実感するようになったのは「身に付けたスキルを実務では使う場がない」ということでした。
Aさんが所属しているのは主に紙媒体を作る部署。デジタル部門への異動を希望してはきたのですが、人事ばかりは思うようにはなりません。そもそも、会社のいわゆるDX(デジタルへの移行)がうまく進んでいないため、デジタル部門に人を多く配置する構造にはなっていませんでした。
結局、Aさんが選んだのはスタートアップ企業への転職でした。
「あのまま会社にいても、デジタルスキルを日常的に使う部署には行けそうにありませんでした。この先のキャリアを考えると、だったら自分で環境を変えるしかないなと」(Aさん)
Aさんの会社は、会社としてのリスキリング体制がないのも問題ですが、せっかく自らリスキリングした社員を「活かす場所」「活かす仕事」がないために流出させてしまう……という人材損失に陥っているのです。
将来を悲観する日本人、最大の理由は……
Aさんの事例は、多くの日本企業において他人事ではありません。コンサルティング会社PwCの「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」(19か国、3万2500人対象)によると、「将来の自分の仕事がどうなっているかを考える気持ちを表している選択肢は?」の質問に対し、「楽しみだ」「自信がある」とポジティブな回答をした人の割合は、日本は25%で調査対象国19か国中で際立った最下位。インド(75%)、中国(73%)のような経済成長国のみならず、ワースト2のスペインとも9ポイントもの差が開いています。
その背景には当然、デジタル化の遅れがあります。同調査で、「職場に導入される新たなテクノロジーの活用に順応できる自信がどの程度ありますか」を尋ねた結果、「とても自信がある」と回答した割合は日本がわずか5%と、これまた最下位。やはりワースト2位の香港との差が14ポイントも開いています。
ちなみにインド、南アフリカといった新興国はダントツで高いことからも、現在の経済成長はデジタルスキルが密接にリンクしていることも伺えます。
つまり、日本は「このままでは将来の自分のキャリアが不安だ」と思っている社員が世界的に見ても非常に多く、産業の未来とは切り離せない「デジタルスキル」に相当自信がない。リスキリング環境が整っていないこと、それにより「デジタルコンプレックス」を感じ、将来に不安を感じている社員がグローバルで比較しても非常に多いことが浮き彫りになった形です。