進む人的資本情報開示
2023年3月期の決算から有価証券報告書における人的資本情報の開示が義務付けられるなど、いま上場企業を中心に人的資本情報開示への注目度が高まっている。
ここ数年、「人的資本経営」や「人的資本情報開示」といったキーワードが注目されているのには、企業を取り巻く3つの市場が変化している、という背景がある。3つの市場とは、顧客との関係性である「商品市場」、従業員や求職者との関係性である「労働市場」、そして投資家との関係性である「資本市場」だ。
近年の商品市場では、良い商品を出してもヒット商品であり続ける期間が短くなる「短サイクル化」が起きており、企業には次々と新しい商品・サービスを生み出すことが求められている。また、産業全体における第3次産業の比率が高まっており、「ソフト化」が進む状態だ。
以前は、ヒット商品を大量生産するために、設備などのハード面の重要度が高かったといえる。しかし、現在はそれだけではなく、新しい商品・サービスを生み出し続ける「人」の重要度が高まっている。斬新なアイデアも、イノベーティブな考え方もホスピタリティも、すべて生み出す主体は人であり、人的資本が競争優位の源泉になったことが、商品市場における大きな変化だといえるだろう。
人的資本を確保するためには労働市場で選ばれる必要があるが、労働市場においても大きな変化が起きている。顕著なのは、若年層を中心に「流動化」が加速していることと、価値観が「多様化」していることだ。同じ世代でも、会社や仕事に求めるものは一人ひとり違うのが当たり前。給与や役職だけでなく、やりがいや自分らしく働けることを求める人が増えていることは、大きな変化だといえるだろう。人材の「流動化」と価値観の「多様化」が進んでいるがゆえに、労働市場で選ばれ続ける難易度が上がっているのが現状だ。
資本市場においても、投資家はより長期的でサステナブルな成長をする会社に投資したいと考えている。そのような会社を見極めようと、今まで以上に注目されているのが人的資本情報である。
企業が存続・発展していくためには、これら3つの市場で選ばれることが不可欠であり、そのために人的資本経営が注目されるようになったというのが大きな流れだ。
2022年の統合報告書から見る人的資本情報の開示項目
人的資本経営の取り組みが加速していく中、企業は人的資本情報の開示義務化に先立ち、開示を始めている。では、具体的にどのような人的資本情報を開示しているのか。リンクアンドモチベーションが、2022年に公表した日経225構成企業の統合報告書を対象に実施した調査によると、次図のような結果が出ている。
「人権」と「女性管理職比率」は開示率が8割を超え、従業員エンゲージメントは開示率が7割を超えている。とくに2022年の統合報告書では、大企業を中心に従業員エンゲージメントに関する記載が目立ち、従業員エンゲージメントについて言及する企業の割合は、2021年に比べて大幅に増えている。
- 従業員エンゲージメント(定性記載):52.9% → 72.2%
- 従業員エンゲージメント(定量記載):15.7% → 22.4%
数ある人的資本情報の中でも、とくに従業員エンゲージメントが指標として注目されていることがうかがえる。
従業員エンゲージメントは人的資本情報開示のグローバルスタンダード
従業員エンゲージメントが注目されたきっかけの1つが、2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」である。その後、2022年5月に「人材版伊藤レポート2.0」が公表され、同年8月には「人的資本可視化指針」が策定された。そして、2023年から有価証券報告書において人的資本情報の開示が義務化されるに至った。
人的資本情報の開示においては、自社の人的資本への取り組みがどのような成果につながっているかを示した、アウトプット指標を設定する必要がある。
世界的に見ても、人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」の認証を取得した企業は、どこもアウトプット指標として、従業員エンゲージメントを開示している。これにより、従業員エンゲージメントはアウトプット指標としてグローバルスタンダードになっていると考えられる。