人手不足でもDX化とリスキリングで競争力を強化
——昨今、社員が新たな分野でスキルを習得する取り組み、いわゆる「リスキリング」が注目されていますが、その背景を教えていただけますか。
リスキリングへの関心が高まっている背景にはいくつか要因がありますが、その1つは「労働人口の不足」です。こうした人手不足の課題は、ドライバーの労働時間の制限により物流への支障が懸念される「2024年問題」などで注目されていますが、実は運送業界に限らず、多くの業界で深刻な状況となっています。
その結果、企業は生産性を向上させるために、積極的にDXを推進し、人手が必要な仕事には人材を配置転換する必要があります。しかし、単に人材を再配置するだけではうまくはいきません。ここで重要となるのがリスキリングなのです。
ところが、DX化に伴う企業の取り組みにはさまざまな課題があります。
組織の「抵抗勢力」に企業はどう対応すべきか
——具体的にどのような課題があるのでしょうか。
たとえば、DXを進めると、それに伴って業務改革が起こるため、一定数の社員は仕事内容が変化します。そのような変化に対して、組織内に抵抗勢力が生じることが少なくありません。とくに、難易度の高くないオペレーティブな業務を行ってきた社員などからは、「AIに仕事が奪われてしまうのではないか」「仕事を失うのではないか」という不安の声が上がりやすいのです。
こうした課題に対応するためには、まず、「AIの導入を含むDXの推進、配置転換、リスキリングなどは、これからの労働供給不足社会を生き抜いていくために必要な経営判断であり、これらの取り組みが『リストラ』を目的としているわけではない」という点を、経営層が社員に明確に伝えることが重要です。
そして、自動化できる業務と人の手が必要な業務を区別して、効率化を図りながら、社員を適切に再配置するために必要なリスキリングプログラムを提供していく。これは、昨今の人的資本経営を推進するうえでもきわめて重要です。こうして経営層がリーダーシップを発揮しながらリスキリングを推進し、人事はそれをサポートしていく役割が求められます。
しかし、リスキリングや再配置の実施にあたっては、業界や企業によって大きな差が生まれているのが現状です。
——取り組みが進んでいる企業と、そうではない企業とでは何が違うのでしょうか。
危機感の違いです。人手不足の問題に加えて、ビジネス環境の変化が著しい業界では、事業変革に伴うリスキリングや再配置が積極的に行われています。たとえば、外資系自動車業界では、電気自動車(EV)への移行に伴い、リスキリングを加速させています。エンジンの研究に従事していた技術者は、リスキリングプログラムを受けて、EVやソフトウェア技術者への転換が進められています。
とくに海外では、フォルクスワーゲンやボッシュなどはこの変化に迅速に対応しており、大規模なリスキリングと人員の再配置が行われています。いわゆる「民族大移動(大規模な人員の再配置)」が起きているというわけです。
日本でも、大手製造業を中心にリスキリングや再配置の取り組みが積極的に進められています。しかし、経営の意思決定による大規模な人員の再配置が起きているかというと、まだそこまで進んでいる企業は多くありません。