前編では、「理念」「理念浸透」をあらためて定義し、理念が組織に浸透する3ステップを解説しています。
1つ目「判断基準の罠」——理念が経営や現場が迷ったときの道標になっていない
理念浸透には次図の3つのステップがあることは、前編でお伝えしたとおりだ。会社のやりたいこと(MVV)を「WILL(大文字)」、個人のやりたいことを「will(小文字)」と表記している。
そしてこの3つのステップには、それぞれ陥りがちな罠がある。
「ステップ①『WILL』の明確化」では、「判断基準の罠」に気をつけたい。これは「理念が経営や現場の判断基準になっていない」という罠だ。
MVV(Mission・Vision・Value)におけるVisionとValueは「判断基準」であり、経営や現場が迷ったときの道標として機能しなければいけない。しかし、Mission(経営理念)の実現を目指すにあたって、VisionやValueが判断基準になっていないケースは多い。たとえば、Visionが「売り上げ〇億円」というような数値計画になっていたり、中期経営計画になっていたりする場合だ。これでは、従業員に「売り上げのためなら何をやってもよい」といった誤解を招き、適切な意思決定が妨げられるリスクがある。
経営も現場も、「白黒つけるのが難しい、グレーな状況」のような、唯一の正解を導きにくい状況になることは少なくない。そのような難しい状況においてこそ、判断基準として機能する理念に設定すべきである。
もし、あなたの会社で「現場の判断がずれる」「判断に困ることが多い」と感じるならば、MVVを見直してみてほしい。ただし、全社のMVVはすぐに変えられるものではない場合が多いだろう。その際は、人事部や管理職の皆さんから全社のMVVをかみ砕いて判断基準を示してほしい。当社でも、各部署が独自の判断基準を示している場合も多い。
ステップ①「WILL」の明確化の好事例
次に、本ステップの参考となる事例を2つ紹介しよう。
ジョンソン・エンド・ジョンソン
ジョンソン・エンド・ジョンソンのWILLとして有名なのが、「我が信条(Our Credo)」だ。これは、1943年に3代目社長のロバート・ウッド・ジョンソンJr氏によって起草された。それ以来、同社の企業理念・倫理規定として世界中の従業員に受け継がれ、経営と現場の判断基準になっている。
1982年の「タイレノール事件」は、理念の存在によって同社が経営危機を脱した出来事といえよう。同社が製造する解熱鎮痛剤「タイレノール」に毒物が混入され、複数の人が死亡する事件が起きた。当時のCEOであるジェームズ・バーク氏は、迅速にタイレノールを回収し、巨額の費用をかけて消費者に大々的な注意喚起を行った。同時に、異物を混入できないようにパッケージを改良した。こうした対応によって同社は信頼を取り戻し、事件から1年と経たないうちに、売り上げのほとんどを回復させた。
この対応について、CEOのバーク氏は「Credoに書いてある」「Credoの1番目には顧客への責任とある。我々はこの責任を果たしたのだ」と述べたという。タイレノール事件後の同社の対応は、ビジネス史上最も優れた危機対応として知られている。「我が信条」という明確な理念があったからこそ、判断に迷うことなく、迅速かつ的確な対応ができた事例だといえるだろう。
- 参考:新将命『経営理念の教科書 勝ち残る会社創りのための最強のツール』
ユーザベース
ユーザベースは、「The 7 Values」を掲げている。中でも、「In it together. No matter what.(渦中の友を助ける)」というValueが目を引く。同社はこのValueについて、「真価を問われるのは、誰もが投げ出したくなるような過酷な状況のとき。そんなときこそ、自ら仲間に手を差し伸べ、チームの力で最高の結果に変えていく」と宣言している。
自分も大変なときに、隣の同僚が困っていたらあなたはどうするだろうか。同社には、「渦中の友を助ける」という判断基準がある。1人ひとりの従業員が日常業務の中で実践しやすい理念だといえるだろう。