人的資本経営の先進事例が豊富な1冊
人的資本の開示義務から約2年、「人的資本経営」をあらためて知り、実践するための入門書としておすすめの1冊が刊行されました! それが、『5000の事例から導き出した 日本企業最後の伸びしろ 人的資本経営大全』(東洋経済新報社)です。
筆者は、開示初年度の2023年度、続く2024年度の合わせて約5000社の人的資本開示情報を読み込み、人的資本経営の専門家として有名な田中弦氏。SNSなどでも、人的資本経営に関する情報を精力的に共有されているため、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
HRzineにも過去に何度も登場いただいています。
本書は、とにかく事例が豊富。「各企業の取り組みのどういった点が優れているのか」が、田中氏の目を通して詳しく解説されています。
たとえば第7章では、「模範的な人的資本開示」には共通する4つポイントがあると解説されているのですが、この4つを備えている企業として挙げた丸井グループの事例を、なんと15ページにもわたって紹介しているのです。入門書として基本的な知見を共通しつつも、深く学べる1冊であることが伝わるでしょうか。
社会背景から実践方法まで全8章で細かく解説
また、本書は「大全」の名のとおり、人的資本経営をやらなければならない理由から実践方法までを丁寧に解説しています。そのため、すでに人的資本経営に関する悩みが具体的な人や知りたい情報が明確な人は、前半はすでにご存じの情報かもしれません。
ただ、そこでこの本を置いてしまうのはもったいない! 後半は、人的資本経営を実現するためのステップや先進事例が詳しく紹介されています。人的資本経営に関する知識が網羅されている本書だからこそ、目次を見て、知りたい情報から読み進めてもよいでしょう。
目次
- 第1章 勘違いされがちな「人的資本経営」をいちから学び直す
- 第2章 なぜ、いま「人的資本経営」なのか
- 第3章 日本企業が直面している「4つの課題」
- 第4章 5000の事例から見えた人的資本開示の現在地
- 第5章 人的資本経営の軸となる「集団の力」と「カルチャー」
- 第6章 人的資本経営を叶える5つのステップ
- 第7章 「選りすぐりの先進事例」から学ぶ人的資本経営
- 第8章 人的資本経営の最前線を知る! 特別対談
私のおすすめは、人的資本経営にまつわる疑問をQ&A形式で解決している第1章と、人的資本経営を実践するためのステップを解説した第6章です。
第1章では、「『人を大切にする経営』と人的資本経営は同じ概念なのか」「斬新な人的資本経営の考え方をいまの経営に持ち込んでも相性が悪いのではないか」「開示義務のない非上場企業・中小企業も、人的資本経営を実践するべきか」といった疑問に対し、田中氏の考えが丁寧に記されています。
Q:人的資本経営を実践するにあたって、まずどこからマインドを変えるべきですか?
A:これまでの「個人の能力を『会社の意図に沿って』成長させる」という企業目線の考え方を、「『個人の意思に沿って』成長を続ける個人の能力を会社が借りる」という思考へシフトさせてください。(p.38)
そして第6章は、人的資本経営の実践がテーマ。田中氏が考案した「人的資本経営フレームワーク」を用いて、人的資本経営を叶える5つのステップと事例が紹介されています。
ズバリ言いますが、人的資本経営には「成功の手順」があります。(p.156)
(フレームワークを作成するうえで)とくに意識したのは、分析した「現状」と目指すべき「理想」がかけ離れやすい(目標が絵に描いた餅になりやすい)といった落とし穴を未然に塞ぐことです。(p.154)
このフレームワークを実践する中で知っておきたいのが、生じがちな「3つのズレ」です。田中氏によると、5つのステップを進めていく中で、自覚がないままに企業内外でコミュニケーションがズレてしまうことが多いのだといいます。組織のズレはどこで、どうして起きるのでしょうか。ぜひ、本書で確認してください。
また、第8章の対談も読みごたえ抜群。「人材版伊藤レポート」で知られる伊藤邦雄氏をはじめ、投資家、経営者、人材育成のプロなどさまざまな立場で「人的資本経営の現在」を語っています。それぞれの視点を知ることで、自社の人的資本経営の実践におけるヒントがより鮮明に得られるかもしれません。
いまや上場の有無や規模にかかわらず、企業の伸びしろとして対応が迫られる人的資本経営。入門書としても実践書としても活用できる必読の1冊です。