【考え方の整理】新卒とキャリア採用の定義を明確化
「仕組みの整備」と並行して進めたのが「考え方の整理」だ。
「私が採用チームに着任した当時、人事業務に触れるのは初めてでした。そのため、まず『キャリア採用とは何か』『新卒採用との違いは何か』という基本の考え方から整理しました」(井上氏)

特に課題となったのは、味の素社は新卒採用市場では知名度が高いが、キャリア採用市場ではほとんど認知されていなかったことだ。また、キャリア採用は「求人ごとに母集団を形成しなければならない」という特性がある点も考慮する必要があった。
そこで、まず新卒採用とキャリア採用の明確な定義付けから着手した。
「新卒採用は『将来、基幹人財候補となる素養を持った人材』、一言でいえばポテンシャル採用に近いです。一方、キャリア採用は即戦力として、社内では育成が難しい専門性やスキル、経験を持つ人材を獲得することが目的。この違いを明確にしました」(井上氏)
【考え方の整理】人事部だけで決めない。部門を巻き込んだ選考フロー
選考フローでも、人事部だけでなく、募集部門も主体的に関与する「部門協働型採用」を徹底した。

選考フローにおける役割は次のように分けられる。
- 母集団形成:スカウト文面の作成・送付、スカウト対象者の選定は募集部門が担当
- 書類選考~2次面接:募集部門が担当し、いっしょに働くメンバーが評価
- 適性検査~最終面接:人事部が担当。長期的な視点で評価
- 条件提示・入社手続き:人事部が担当
「募集部門は『採用したい人を判断する』、人事部は『採用してはいけない人を判断する』という役割分担をしています。募集部門が職務要件やスキル、専門性、経験がマッチしているかに加え、入社後の配属先での人間関係やバランスを確認します。一方、人事部は将来的な異動や管理職登用を見据えた適正を評価します」(井上氏)

特に社内で意見が分かれるのは、専門性は高いがパーソナリティリスクも高いケースだ。
「募集部門が『ぜひすぐにでも入社してほしい』と思っても、人事部が周囲への悪影響や長期的な適正を考慮し、お見送りにするケースもあります。都度、人事部の評価・見解を伝えることで、募集部門に納得いただけるよう努めています」(井上氏)
【考え方の整理】採用の本質は「同質化」ではなく「多様化」
また、井上氏がキャリア採用で最も重視したのは、「社外人材を獲得する本質的な意義」だった。
「既存の社員と同じタイプの人材を求めるのではなく、新たな専門性やスキル、知見、経験を持つ人材を迎え入れることで、企業として成長するという考え方を社内に浸透させることが重要でした」(井上氏)
改革前は、「味の素社っぽくないから難しい」「うちの会社にはいないタイプだから厳しい」といった理由で候補者が不合格になるケースもあったという。しかし、採用の目的を整理したことで、「専門性が高く、会社の成長に貢献できる人材」を正しく評価ができるようになった。
こうした「考え方の整理」と「仕組みの整備」を経て、味の素社は明確な採用方針を策定した。
「新卒採用、キャリア採用共に『採用した人も、受け入れる組織も、双方を“不幸にしない”採用をしよう』と決めました。入社後に、『こんなはずではなかった』というギャップが生じないよう、情報開示と期待値のすり合わせを徹底することを採用チームの基本方針としました」(井上氏)
この方針により、キャリア採用を「企業成長を加速させる戦略的な取り組み」だと位置付け、より質の高い採用活動が実現されている。