4. 訴訟になる前に取っておくべきだった対応(予防策)
(1)退職勧奨・配置転換の適法性の確認と徹底
本件では、不当な退職勧奨と、人事権を濫用した配置転換が問題となりました。
退職勧奨は違法ではありませんが、社員には応諾の自由があり、強制は許されません。
また、配置転換は原則として会社の裁量に委ねられますが、特定の社員を退職に追い込む目的で行う配置転換は不当な動機と判断され、正当性を欠き、権利濫用となります。
特に、全社員宛にXへの処遇引き下げや人格否定のメールを送付するのは行き過ぎです。
今回のケースでは、退職勧奨や配置転換を「いつでも可能」と誤認していた可能性があります。
行き過ぎた退職勧奨を行わず、配置転換に際しても本人の意向を丁寧に確認していれば、訴訟が提起されることは避けられたと考えられます。
(2)パワハラは精神障害の労災認定のリスクが高い
今回はA社長のパワハラ後に、Xはメンタルクリニックに通院することになりました。このように、パワハラがきっかけで精神障害になる場合があります。
そして、こうした場合の精神障害は労災が認定される場合があります。
先日、厚生労働省より、令和6年度の「過労死等の労災補償状況」が公表され、その中で「業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況」も公開されました。
特徴的な点は次のとおりです。
- 精神障害による労災請求件数は3780件で、前年度より205件増加
- 労災の支給決定件数は1055件で、前年度より172件の増加
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支給決定件数が多い上位3つは以下のとおり
- 「上司等から身体的・精神的攻撃などのパワーハラスメントを受けた」224件
- 「仕事内容や仕事量に大きな変化があった」119件
- 「顧客・取引先・施設利用者などから著しい迷惑行為を受けた」108件
なお、「上司等から身体的・精神的攻撃などのパワーハラスメントを受けた」については決定件数が389件に対し、支給決定件数が224件であり、認定率は約57.5%と高い割合となっています。
労災として認定されるということは、言い換えれば、労働基準監督署が「パワハラによって精神障害が発症した」と認めたことになり、企業にとって非常に重い意味を持ちます。なぜなら、労災認定が下りたことで、企業が安全配慮義務を怠ったとされ、民事上の損害賠償請求につながる可能性があるからです。
さらに、こうした情報がSNS等で拡散されれば、「ブラック企業」としてのレッテルが貼られ、企業イメージの大きな失墜にもつながりかねません。
パワハラへの対応は、重要な人事労務上の課題といえます。