アジャイル導入を思い立った人はどう進めればよいのか

吉田 では次のトピックに進みます。アジャイルやスクラムの考え方を取り入れたい・やってみたいという相談をいろんなところから受けることがあるかと思いますが、いまひとつうまく進まない、ここで引っかかることが多いといったことを教えていただきたいのですが、いかがでしょうか。
nekoyanagi氏(以下、neko) うまくいかないことのほうが多いです。今回のイベントの名称を「スクラム人事」とするのにも、私が一番抵抗を感じていたと思います。
私が所属していた人事チームではもともと、プロダクト開発チームがやっているからという理由で、スクラムに似たサイクルのイベントを適用していました。月曜日に計画を立てて、毎朝進捗を共有し、金曜日にふりかえりをするというものです。そのとき、私自身はこのフレームがうまく回って楽しく仕事ができているという感覚を持てていませんでした。仕事の枠(フレーム)に対して、その意図がメンバーに伝わっていなかったからです。
やめたほうがよいのは、スクラムをやろうという考え方で取り入れていくことです。私はチームがうまくいかないときに、社内のスクラムマスターであるエンジニアにアドバイスを求めました。その人は「どうなりたいのかを言語化し、それを皆で共有するといいよ」とアドバイスをくれました。そこで、新しくチームで定期的に行うイベント(ミーティングなど)を設定するときにはその理由・背景、他のイベントとの関係性を全部説明するということをチームメンバー全員に対して実施し、腹落ちするまでコミュニケーションをとるようにしました。そうしたらうまく回るようになりました。枠だけではうまくいかないと思います。
吉田 形から入ると、人は抵抗感を持つということですね。共感を生んでいなければそれがタスクにしかならず、つらいだけです。
土橋 難しくうまくいかないこととして挙げられるのが、人事の仕事のバックログ化です。人事の業務はオペレーショナルなものが多く、給与計算や採用面接といった繰り返し業務も多いと思います。また緊急かつ秘匿性の高い突発的な業務があるのも人事の仕事の特徴です。
私もまだ答えがないところですが、そうしたルーチン業務や突発的な業務をどのように可視化して、スプリントの中の計画に落とし込むか、あるいは計画に落とし込む必要があるかの判断は難しいと思っています。特にオペレーショナルな業務を担当している方は、タスクを書いてチケット[1]を起こすことに必要性を感じないかもしれません。そのため、最初から完璧を求めず、まず新規施策の可視化などに絞ってやってみるなど、肩の力を抜いて始めるのがよいと思います。
注
[1]: スクラムで作業(タスク)に取りかかるときや割り振るときなどに書き起こす票のこと。
吉田 基本的な仕事の仕方がある中で、新しい取り組みとして進める場合には、まず有効に機能しそうなところから皆でやってみよう、という教訓でもありますね。
小笠原 透明性・検査・適応のうちの透明性をきちんと高めていく必要があります。ただし、そこには2つの難しさがあります。
1つは、透明性を維持できる文化の形成の難しさです。たとえば、誰かがつくったアウトプットに対して、「ここが足りない」「あそこに根回ししていない」といったことを指摘される慣習があると、言われた側はとたんに透明性を閉ざしてしまいます。自分のアウトプットをさらけ出すことに抵抗を感じ、怖がってしまうので。ただ、責任者は成果を出すのに必死ですから、不安が大きいのも事実です。そういう中で指摘しない慣習をつくることは非常に難しいと思います。そこをぐっと耐えて、性善説であり、ポジティブであり、チャレンジしたほうが偉いという文化をつくるには、その文化をつくる人たちの強い想いが必要だと思います。
もう1つは、私たち人事の仕事にまつわることです。人事の仕事において透明性を高めることは非常に難しいです。私たち人事はこれまで、閉じた世界、公開してはいけない世界での仕事をしてきました。長く人事をやればやるほど固定観念が強固になっています。それを壊していくのは難しいと思います。私自身も人事のキャリアが長く、会社も金融系ベンダーが多く閉じた世界だったため、人事もこの部屋の中で仕事をしてくださいといった環境であり、必然的に基本的には隠すものだとなってしまいます。そこから透明性を高めていくためには、私自身もアンラーンが必要でした。しかし、現場との共感を生みたいという思いが強かったので、自分自身を変えながらやってきました。
吉田 文化や風土は1人ひとりの考え方・行動の相互作用で醸成されるものなので、それをリードしようと思っている人自身の在り方は、とても影響が大きいと思います。まず自分がやるんだというところから、他の人に伝えて動いてもらうというところで、既存の感性が邪魔をしてくるというのはすごくよく分かります。
庭屋 失敗したくない、叩かれたくないという考え方がすごく邪魔をします。先ほども述べたとおり、(アジャイル・スクラムでは)頻繁にフィードバックを受けて学習していきます。しかし、そのフィードバックを批判と取ってしまうために、もしくは組織文化的に対立構造になり攻撃的な意見を多くもらうことが多いために、人事は叩かれない完璧な計画を立てたくなってしまいます。協力して良い会社をつくろうという組織文化があるから、人事はこういう施策をやろうとなるわけで、そうでなければ人事は叩かれないようにしていく。アジャイルからも遠くなっていきます。そうなると、チームをアジャイルにしようと思っても、難易度がかなり上がります。
吉田 アジャイルをやろうと言い出すのはまず1人からだと思いますが、1人だと心が折れそうになる瞬間がたくさん訪れると。1人の思いから全体の文化へと広まっていくためのプロセスは、一定の人を巻き込みながら進んでいくというものが多いのでしょうか。
庭屋 やはり、最初の1人が良いと思い、自分のチームでやってみたいと思うところから始まります。そして、自分のチームで成功例をつくると、社内で目立ってくる。すると「うちのチームも同じことをやってみたい」となり、広がっていく形が多いと思います。
吉田 ファーストペンギンにはなりたくない、成功事例をまねしたいということが多いので、誰かがファーストペンギンとして成功事例をつくることで興味を持つ人が増え、展開しやすくなる。
土橋 社内で成功事例をつくり、仲間を増やしていくのは王道だと思います。そのために、アジャイルの有用性を丁寧に社内上申していくことも大切ですが、自分たちの取り組みを外部発信などを通じて社外の方々に認知していただけるようになると、社外からの声が経営層にも届き、アジャイルの導入が進めやすくなるというケースもあると思います。
吉田 外からの声で、自社がそれで評価されているとなると、経営層はそれをピックアップしたほうがうまくいきそうだという感覚にはなりやすいですね。