「質の高い生成AI活用」を阻む日本特有の文化とは
一方、日本企業でも「ジョブ型人事」が注目され、大手企業を中心に導入が進められています。
ただし、日本におけるジョブ型は、従来のメンバーシップ型雇用と欧米型ジョブ型の双方の要素を組み合わせた「ハイブリッド型人事」と呼ばれています。たとえば、ジョブディスクリプションを定めつつも、必要に応じて内容を見直したり、定期的な部署異動を前提とした人事運用が残っていたりと、明確な定義や継続性が担保されにくい状況があります。このジョブ定義の曖昧さや人材運用の柔軟性が、生成AI活用の幅を狭める一因となっています。
たとえば、次のような課題が存在します。
- 制度の複雑性
- 日本企業の人事制度は給与、勤怠、評価、昇進など多くの要素が関わり合い、制度改定もたびたび行われています。そのため、データの連続性や一貫性を保つことが難しく、生成AIが活用しやすい形で蓄積されにくい状況があります。
- システムの分断
- 採用、人事管理、勤怠、タレントマネジメントなど、人事領域ごとにシステムを使い分けている場合、データを横断的に活用・分析することが難しいのが実情です。さらに、表計算ソフトによる属人的な管理に頼るケースも見られ、データ活用を進めるうえで工夫が求められる場面もあります。
- 文化的要因
- 日本企業では、人事部門が給与計算や年末調整といったオペレーション業務を担うケースも多く、戦略的なデータ活用に割けるリソースが限られることがあります。
また、人事判断の場面では、担当者の経験や勘に基づく意思決定が重視される傾向があります。
たとえば、「そろそろAさんを昇進させよう」「Bさんを異動させるのがよさそうだ」といった判断が、長年の人間関係や観察に基づいて下されることが珍しくありません。その後、その判断を補強するために、人事評価や勤怠記録などのデータが「裏付け」や「説明材料」として使われるケースも見られます。
このように、意思決定プロセスにおける「勘」と「データ」の主従関係の違いも、日本で生成AIの活用が進みにくい背景にあります。
米国では「データがなければ議論が始まらない」という考え方が広く浸透しつつあり、意思決定の出発点として客観的なデータ分析が重視される傾向にあります。人事領域でも、パフォーマンス指標やスキルデータをもとに、透明性の高いプロセスで昇進・異動の判断が行われるケースが多く見られます。
一方、日本では「先に判断ありき」という考え方をする傾向があり、その妥当性を示すためにデータが使われることが多いです。このため、生成AIが前提とする「データ起点の意思決定」とは必ずしも一致しない場面が散見されます。
そして、こうした経験や勘への依存は単なる慣習の問題だけでなく、後述する解雇規制の厳しさとも関係があります。 パフォーマンスデータだけを根拠に解雇などの厳しい人事判断を下すことが難しいため、副次的に、長期的な観察に基づいた定性的な評価が重視され続けるという構造が生まれているのです。

