“覚悟”で現場に意思を伝える——楽天の「聖域なき改革」とは
まず、モデレーターの飯田氏は「経営として意思決定したことが現場に落ちない、行動が変わらない」という、いわゆる“笛吹けど踊らぬ組織”について問題を提起。これに対し楽天グループの小林氏は、経営の意思決定を現場に浸透させるためには、「必要性の腹落ち」と「トップの覚悟」が不可欠であると説いた。
「たとえば、弊社で2010年に本格的に開始された社内公用語英語化のプロジェクト。当時の売上のほとんどは国内事業によるものであり、現場からは『なぜ英語を話す必要があるのか』という声がありました。しかし経営層は、グローバル化というビジョンを掲げ、『この山頂(グローバル化)に登るためにはこのルート(英語化)を通る必要がある』と、その必要性を説き続けたのです」(小林氏)
小林 正忠(こばやし まさただ)氏
楽天グループ株式会社 常務執行役員 Group CCuO
1997 年楽天創業から参画。EC 事業責任者等を歴任後、2012 年米国へ赴任し米州本社社長、2014 年シンガポールを拠点とするアジア本社社長を歴任。グローバルマネジメント経験後、CWO(チーフウェルビーイングオフィサー)を経て、現在はGroup CCuO(チーフカルチャーオフィサー)。2001 年から出身大学に「正忠奨学金」を創設し、若者の育成にも注力。2011 年世界経済フォーラム Young Global Leaders に選出。株式会社LIFULL社外取締役。5児(娘 3 人息子 2 人)の父。
特筆すべきは、社長の三木谷浩史氏が見せた「聖域なき改革」の姿勢だ。小林氏は、当時は英語が苦手だったのにもかかわらず、三木谷氏との1対1では常に英語で話しかけられ続けたと振り返る。
「分からないって言っているのに、ずっと英語でしゃべってくるんですよ。これが彼の徹底力であり、本気の覚悟なんです。トップ自らが聖域をつくらず、たとえ、会社として一時的に生産性が落ちてでもやり切るんだという覚悟を見せることが、現場を変えるためには必要なのかなと思います」(小林氏)
人事施策で「景色の差」を埋める
一方、コカ・コーラ ボトラーズジャパンの東氏は、経営と現場がつながらない理由に「使っている言語の違い」と「経営のコミットメント不足」の2つの要因があると指摘。「経営のメッセージは、受け手によって言葉を変える必要があります」と持論を述べる。
東 由紀(ひがし ゆき)氏
コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 CHRO 兼 人事総務本部長
金融機関でセールスやマーケティングの業務に従事した後、2013年に人事へとキャリアチェンジ。証券会社でグローバル部門の人材開発、タレントマネジメント、D&Iのジャパンヘッドを務めた。その後、コンサルティングファームの人材開発部長を経て、2020年よりコカ・コーラ ボトラーズジャパンで人材開発部長、社長補佐に従事し、2023年9月より現職。経営戦略を実現する人事戦略をリードする。
「最近、『ウェルビーイング』という言葉をよく耳にします。人事の私たちにとっては、会社が社員のために考えるべき課題の1つですが、自動販売機のルート配送をしているドライバーに『会社はあなたのウェルビーイングを大事にしています』と伝えても、抽象的で腹落ちはしないでしょう。彼らにとってのウェルビーイングとは、身体的なものなのか、経済的なものなのか、もしくはキャリアのことなのかを考えて、メッセージを噛み砕き、翻訳して伝える必要があると考えています」(東氏)
そこで東氏は、経営のメッセージを翻訳して伝えるためのフレームワークが有効だと自社の取り組みを紹介した。
コカ・コーラ ボトラーズジャパンでは、ウェルビーイングを構成する要素として「フィジカル」「ファイナンシャル」「コミュニティ」「キャリア」「ソーシャル」の5つを定義。その中で会社が支援できることと、社員が自律的に高めるべきことを区分している。これにより、現場の上司が部下と対話する中で、ウェルビーイングをかみ砕いて説明し、「あなたのウェルビーイングを高めるために、こういうサポートを会社は用意しているよ」と具体的なウェルビーイング施策へとつなげられる。
小林氏もこれに同意し、視座を切り替えてコミュニケーションをとる重要性を述べる。
「経営と現場では見ている景色が異なるのは当たり前です。しかし、経営者自らが視座を変えるのは難しい。だからこそ、経営と現場をつなぐミドルマネージャーが、どのような言葉にすれば現場に伝わるかを考えることが重要です」(小林氏)
さらに小林氏は、視座を変えるためのアプローチとして2つの方法を紹介した。1つ目は、上の視点を共有してメンバーにイメージを持たせたうえで、「今のこの部署ならこういう捉え方ができる」と落とし込んで共有する方法。2つ目は、自部署の中での定義を決める方法だ。たとえば、ウェルビーイングであれば、「この部署にとってのウェルビーイング」「この人にとってのウェルビーイング」が何であるのか、その定義を現場ごとに定めることが有効だと語った。

