動的な人材ポートフォリオを日本で行うのに必要な要素

鈴木 人的資本投資に対するリターンが高まるように、人材がシフトしていくという点では「動的な人材ポートフォリオ」の実現が欠かせないように思います。日本でこれを推進するためには何が必要でしょうか。
岩本 本来は市場の変化に合わせて人材を動的に変えていくべきですが、内部の人間がすぐに対応するのは難しい。そうなると外から獲得してくる必要がありますが、獲得した人材のスキルもまた時が経てば、市場の変化につれて役に立たなくなっていく。これを補完するためには、正社員だけでなくフリーランスなどもうまく活用するという方法があります。もちろん同時に、従業員自身が常に新しいスキルを身に付ける文化も不可欠です。
鈴木 「変わることが当たり前」というマインドセットですね。
岩本 ソニーのように新しいことが好きな人が集まっている企業なら対応できますが、決まったビジネスを長く続けてきた企業だと、「変わること」への抵抗感が非常に強い。企業文化そのものを変える必要があります。
鈴木 外から獲得するか、中を変えるか。雇用の流動性が高くない日本での難しさです。
岩本 外から優秀な人を連れてきても、企業文化が合わずに活躍できないケースも多い。異質な人を活かす「ダイバーシティマネジメント」ができていないんです。過去の大企業のトップ招聘でも、うまくいかなかった事例は多々あります。
鈴木 採用の実務レベルでは、日本は長らく「広告を出して待つ」「紹介会社に丸投げ」という構造でした。実務レベルでTAを加速させるにはどうすればよいでしょうか。
岩本 海外だとLinkedInなどで個人のスキルデータが公開されているので、AIなどを使ってスカウトしに行く「ソーサー(Sourcer)」という専門職がいます。しかし、日本はデータの開示が進んでおらず、個人情報保護の壁もある。だからこそ、日本においては「引きのマーケティング」がより重要になります。
鈴木 「引き」の力を強くする、ということですね。
岩本 はい。まずは応募してもらう。応募さえしてくれれば連絡が取れますから、そこから「候補者リレーションシップマネジメント(CRM)」で関係を維持し、適切なタイミングで採用する。そういう体制が必要です。
鈴木 そうなると、人事の体制も従来のリクルーターだけでは足りませんね。
岩本 そうですね。マーケティング能力の高い人が必要です。最近は広報やPR出身者がこの分野に入るケースも増えています。自社の「人的資本経営の実態」という中身をしっかりつくり、それをPRの力で正しく届ける。このサイクルを回せる組織に変えていくべきです。
鈴木 私たちの支援先でも、採用組織を「マーケティング課」「エージェントコントロール課」「人事企画課」のように、役割ごとに分業化する企業が出始めています。
岩本 「待ち」の姿勢ではもう成果は上がりません。ナビサイトに広告を出して、応募がゼロ……という企業もあります。
鈴木 ちなみに、採用マーケティングにおいては、募集を集める部分と管理するシステム(ATS)が分断されているケースも多いですが、統合は必要でしょうか。
岩本 アメリカではそのあたりのM&Aが進み、シームレスにつながっています。当然、統合されているほうが効率的ですし、日本のように新卒と中途でシステムも組織も分かれているのは、グローバルで見れば独特な状況だと思います。
AI普及は採用のスキルベース化を推進する

鈴木 次に、AIとTAの未来について伺いたいと思います。AIの加速によってTAはどう変化していくと思われますか。
岩本 学歴などではなく身に付けているものが重視される、いわば「スキルベース」の採用や組織づくりが進む可能性があります。日本は個人のスキルデータがまだ不足していますが、国もスキル標準の整備を始めています。私が理事を務める一般財団法人オープンバッジ・ネットワークのように、デジタル証明で学んだことを可視化する動きも進んでいます。
シンガポールやイギリスは国を挙げてスキルデータのマッチングとリスキリングを推進しています。日本も労働人口問題を解決するためには、小中高、大学、そして企業のスキルデータをつないでいく必要があります。
そうしてスキルデータが整備されれば、スキルやコンピテンシー、価値観のマッチング精度はAIによりで劇的に底上げされるでしょう。そのうえで、人間性などが加味される。グローバルではいま、ハードスキル以上に「ソフトスキル」が重視されています。IBMの調査でも、トップ20にソフトスキルがずらっと並ぶようになっています。それらが採用の最終的な差別化要素になっていくでしょうね。

