理想のリーダー像はみんなをまとめてシンクロさせる指揮者
――これからのリーダー像とその育成についてうかがいます。かつてリーダーといえば部下の先頭に立ち、引っ張っていくのが役目でした。今では背後でサポートすることも求められているようです。
私がリーダーとして思い浮かべるのはオーケストラの指揮者です。オーケストラはチームワークが必要です。指揮者は何も奏でることなく、バイオリニストやチェリストなど多様な演奏者をまとめ、シンクロさせるのが役目です。良い指揮者は自分を中心に据えません。多様なスキルを持つ演奏者に方向性を示してリードしていきます。詳細までは指示しません。詳細はそれぞれの演奏者のスキルに委ねるものだからです。
リーダーに求められるのはインクルージョン(受容性)も含めた環境を作るスキルです。部下にとって安全な場所を作り、声を聞いていくことでもあります。インクルージョンとは、性別、人種だけではなく、いろんな思考や経験も含めたダイバーシティ(多様性)を迎え入れることでもあります。認知的な受容性のある環境を構築していかないと、本当の意味でのイノベーションは起こせません。
ルネサンス時代に繁栄したメディチ家について語られた『メディチ・インパクト』という本があります。その時代はイノベーションが爆発的に起きました。いろんなバックグラウンドを持つ人たちが交わり、相互作用を起こしていたのです。異なるスキルや経験を持つ人たちが集まると、素晴らしいアイデアが生まれてきます。
もう1つ、リーダーに求められる資質として挙げられるのが禅の「初心」です。人間は「自分はすでに十分高い専門性を持っている」と思うと、新しいアイデアを受けいれなくなる傾向があります。常に初心を忘れずに、です。
また、リーダーは部下に安全な場所を提供することが大事です。「多少のリスクは冒してもいい」「失敗しても大丈夫」と思えるような場所です。失敗を受け入れられないとイノベーションは起こしにくいです。
――ただ、指揮者(リーダー)が方向性を示したとしても、演奏者(メンバー)がちゃんと演奏してくれるか分かりません。どうすれば良い演奏をしてくれるでしょうか。
確かに、方向性を示すだけでは不十分です。リーダーはリーダーの責任のもとで部下に方向性を示し、部下の気持ちとつながっていくエンゲージが大事になります。そこでは“共感”が鍵となります。「私はあなたの立場で考えることができます」という意思を示すと、職場に変化が生まれてきます。
人間の本能として、相手に心を開くときというのは「相手が自分をケアしている(気遣っている)」と感じられるときです。リーダーは相手をケアする気持ち、共感していることを示すことで、いろんなレベルでつながりが生まれてきます。部下も「ついていこう」という気になれます。
現代は変化のスピードが速く、職場の人たちは「自分のスキルが陳腐化してしまうのではないか。このままでよいのか」など危機感を抱えています。危機的なほどです。そうした中、リーダーが部下に理解や共感を示し、加えて「これからもサポートしますよ」「あなたの未来の道筋はこうですよ」と部下に希望を与えることが重要です。