1. 事件の概要
被控訴人(以下「Y」)は、Yが経営する病院(以下「Y病院」)に看護師として勤務していた控訴人(以下「X」)が育児休業を取得した後、以下の2点を行いました。
①3か月以上の育児休業をした者は、翌年度の職能給を昇給させない旨の就業規則の定めがあるとして、Xの平成23年度の職能給を昇給させませんでした。
②3か月以上の育児休業をした者は、当年度の人事評価の対象外になるとして、Xに、平成24年度の昇格試験の受験資格を認めず、受験の機会を与えませんでした。
これを受けてXは、これらの行為は、育児介護休業法10条によって禁止される「不利益取扱い」に該当するとともに、公序良俗(民法90条)に反する違法行為であると主張。Yに対し、不法行為に基づき、本来昇給・昇格していれば得られたはずの給与・賞与および退職金の額と、実際の支給額との差額の支払いを求めました。
(1)当事者
Yは、病院、診療所、介護老人保健施設を経営し、看護や介護および医療などの普及を目的とする医療法人で、病院などを開設しています。
Xは、平成10年4月に短時間労働者としてYに採用され、平成15年4月から平成25年1月31日まで、Y病院において看護師として勤務した男性です。
(2)賃金支払いについて
Yは、Y病院で支払う賃金について、就業規則、賃金規定、育児介護休業規定などで定めており、その内容はおおむね次のとおりです。
①賃金は、基本給および手当に分けて支給されます(賃金規定3条)。
②基本給は、就業に対し、資格、経験、年齢その他により、職種別賃金体系によります(同4条)。また、この基本給は、本人給、職務給、職能給から構成されています。
- 本人給
- 従業員の年齢によって変動する給与です。 20歳の本人給は月額8万5000円であり、20歳から35歳までは毎年1000円ずつ、36歳から45歳までは毎年500円ずつ上昇します。
- 職務給
- 職種ごとに定められた給与をいい、職種によって一定額です。看護師の職務給は、月額6万6000円です。
- 職能給
- 経験年数と能力により定められる等級・号俸によって変動する給与をいいます。等級が上がることを昇格、号俸が上がることを昇給といいます。
Xを含む一般職員の等級は、下からJ1、J2、J3、S4、S5、S6があります。
③定期昇給は、毎年1回、4月度の賃金から行われます(賃金規定6条本文)。この定期昇給は、前年度における私傷病による欠勤が1か月半以上3か月未満の場合は、通常の半額の昇給とし、3か月以上の場合は行いません(同7条)。
なお、育児休業中は、本人給のみの昇給となります(育児介護休業規定9条3項)。
(3)人事評価について
Yは、人材育成評価システムマニュアルおよび評価処遇の運用規定により、Y病院における人事評価制度について定めており、また当該人事評価制度と賃金制度とは密接に結び付いています。
具体的には、Y病院における人事評価は毎年度行われており、当該従業員の勤務成績が特に優秀である場合はS、優秀である場合はA、良好である場合はB、やや良くない場合はC、良くない場合はDの5段階で評価されます。
そして、前年度の評価がB以上であれば、当年度の4月度給与から職能給が昇給されます。また、前年度の評価においてA以上を取得した年数が、職能給職種別運用表の「特進」欄記載の年数に至るか、B以上を取得した年数が、同「標準」欄記載の年数(以下「標準年数」)に至った場合、1つ上のランク(等級)に昇格する資格が与えられます。ただし、S4からS5、S5からS6へ昇格するには、それぞれ小論文および面接による昇格試験に合格する必要があります。
さて、当時の等級がS4であったXが、S5に昇格するための標準年数は4年でした。なお、人材育成評価システムマニュアルには、育児休業、長期の療養休暇または休職により、評価期間中における勤務期間が3か月に満たない場合には、「評価不能」として取り扱う旨の定めがあります。