成瀬 岳人(なるせ たけひと)氏
パーソルプロセス&テクノロジー株式会社 ワークスイッチ事業部 デジタル人材開発部 部長
事業構想修士(MPD)/総務省委嘱テレワークマネージャー/一般社団法人プロティアン・キャリア協会CDO
業務コンサルタントとして複数プロジェクトに従事した後、ワークスタイル変革コンサルティングサービスを立ち上げ、複数社の労働時間改善やテレワーク導入を支援。国や自治体のテレワーク普及促進共事業の企画・運営責任を担う。2020年4月より、新規事業開発部門の責任者に着任し、企業向けのキャリア自律支援サービス『プロテア』およびデジタル人材育成事業の立ち上げを指揮。著書に『組織力を高める テレワーク時代の新マネジメント』(日経BP)など。
デジタル人材は3階層、その中心を育てるサイクル
あらゆる企業でDX推進が加速している中、デジタル人材の不足が大きな課題となっている。各企業ではDX推進室がデジタル人材育成について取り組む傾向にあり、人事部もまた従来の人材開発の中に組み込むべきではないかという議論が活発化しているという。しかしながら、成瀬氏は「デジタル人材の育成を課題設定できた企業は多くとも、何をどう育成すればよいのか、内容についてつかめていないケースが多い」と指摘する。
その中で多いのが、AIやRPAなどのデジタル知識の修得をeラーニングを通じて行うという施策だ。しかし、そうした知識を得ても、それをもって「何をするか」となると止まってしまう。研修などでデジタル知識だけを得てもDXのテーマにはリーチできない。そう分かった現在、「現場で業務知識を持った人が、デジタルリテラシーを持ち合わせて変革に取り組む」ことを目指すようになり、育成対象も変わってきているという。
そもそも「デジタル人材」とは何か。成瀬氏はDXを推進するための人材を3階層に分類。それぞれを次のように定義している。
- 1)デジタル活用人材
- デジタルを使って何かを作り出していくというより、導入されたデジタル環境を用いて自身の業務の効率化・高度化を図っていく人材。「作ったのに使ってくれない」という状況に陥らないためにも育成が必要だ。
- 2)デジタルコア人材
- 全社のDXを推進するためのコアとなる人材。CDOをはじめ、その直轄にいるデータサイエンティストやサービスを開発できるエンジニアなどを指す。2020〜2021年頃はこれらの人材育成が課題となっていたが、現在はデジタル変革人材育成に関心が移りつつある。
- 3)デジタル変革人材
- デジタルコア人材とデジタル活用人材の間、中段に位置し、各現場で業務や事業を理解しつつ、しっかりとリーダーシップをとってデジタルを用いて変革を行っていく人材。デジタルコア人材を増やしても、実際の担い手はデジタル変革人材になる。また、デジタル活用人材を指導する役割も担うため、この層を増やすことが重要と考えられている。
また、デジタル変革人材の育成について、「研修をすればよいという話ではない」と語る成瀬氏。能力開発につなげるためのデジタルスキルの把握を行う「①スキルの可視化」、実務を重視した「②実践学習」、社会の変化に適応するための主体的なキャリア形成支援を行う「③キャリア自律」の3点が不可欠とし、それらを継続的に回していくことが「DX人材戦略において重要」だと語った。
【①スキルの可視化】動的ポートフォリオとして改定していく
まず「①スキルの可視化」については、IT事業者では資格や認定資格などで保有者を数え、情報として持つ企業が多いものの、それ以外の会社についてはほとんど進んでいない。昨今になって、DX人材の取り組みの中でオープンバッチなどを使いながら数値化を図る企業も登場しているが、「DX白書2021」での調査では4割程度にとどまる。つまり、「誰にどのくらいの教育を施せばいいのか」が把握できておらず、育成計画が立てられない状況にある。後々「動的ポートフォリオ」として人材育成の投資対効果を把握し、組織としてのスキルレベルなどをモニタリングする必要があるが、もともとのスタートが把握できていないという状況だ。
成瀬氏は「育成人数をKPIとして目標設定するのではなく、主体的な学びの促進と人材発掘を可視化の目的とするのが妥当。育成が目的ではない。DXにおける人材戦略としては、デジタル人材として育成した人たちがトランスフォーメーションを実践に移し、成果を出し、可能性を切り開くことこそが大事。そのような人材が今どこにどれくらいるのかを把握し、新しいチャレンジをしてもらうのが組織的なアプローチになる」と語る。
そのためにも“客観的な”スキルを可視化・把握できていることが重要だ。たいていの企業ではいつも同じ人の名前が挙がる、同じ人が手を挙げてくるということが多く、一定の人にしか機会提供ができない。新たなポテンシャルも含めて発掘するには、客観的なスキルの把握が必要になる。そこで、人材育成の場を利用しながら、スキルの可視化や把握を行い、これを人材戦略につなげていくというわけだ。
パーソルプロセス&テクノロジーでも、エクサウィザーズが提供する「exaBase DXアセスメント」を活用して、人材のスキル判定を行っているという。このアセスメントには、デジタルのリテラシーに加えて「イノベーション」という観点があり、コアスキルだけでなくDXの“素養”についても把握できる。具体的には、縦軸にイノベーティブスキル、横軸にデジタルスキルとしてマッピングし、ポートフォリオとして提示する。同社の場合、DX推進が可能なロールモデルとなる人材が一定数おり、そのすぐ下にポテンシャルの高い次期デジタル変革人材の候補が位置している。そのような人材を引き上げるためにどのような教育機会を設けるかを考え、ターゲットと育成内容を検討する材料としているという。
他にも、デジタルスキルとデジタル素養といった軸でマッピングできるほか、デジタルマーケティングやソフトウェアエンジニアリング、プロダクトマネジメント、AIデータの素養など、様々な切り口でDX人材となる人材の探索や把握が可能。自組織の強みや課題を把握しながら、育成の方向性などを分析できる。さらに、実施した施策や教育の効果についてアセスメントして改善を行ったり、個人の学びの促進や人材の発掘などにもつなげたりと、様々な効果が得られる。
成瀬氏は「人的資本経営でも『動的な人材ポートフォリオ』が重視されている。1度可視化しただけでなく、継続的な変化を促すことが重要であり、様々な挑戦や経験によって人がスキルが変化していく様子を把握する必要がある」と強調し、「ここ数年でスキル可視化においては様々なサービスが登場してくると思われる」と語った。
【②実践学習】関心・課題発見・実践の3ステップで取り組む
次に2つめのテーマである、実務を重視した「②実践学習」について、成瀬氏は自身が2017〜18年以前に取り組んだ「RPA領域の人材育成」の経験を踏まえて次のように語った。
「当時、RPAへの期待が大きく、一部の推進人材のみならず活用人材にも、環境が多少変わってもメンテナンスができるよう、しっかりと使い方を覚えてほしいということで研修を受けていただいた。しかし、残念ながら実務で実際に使われたのは感覚的に1〜2割程度。技術を修得しても実務で使える人は限られる。AIなども同様に、技術だけでは使える人材にはならない。そこで、DX人材育成について考えているのは、そもそも実務上で『いったい何をしたいのか』という話がまずあって、その実務上の『課題を解決するために学ぶ』という状況を作る必要があるのではないかと考えている」(成瀬氏)
確かに用途が分からぬまま、とりあえず勉強しようというのは定着が難しい。「何のために学ぶのか」を捉えて学習できる状況を作る必要がある。かつ学んだ後にもすぐに活用できる環境があることが望ましい。成瀬氏は、「特にデジタルの領域は自分で手を動かして作り、自分の実務の中に組み込む状況を作り出すことが重要。デジタル人材育成の中で、こうした『実践学習』をどうやって教育機会として組み込むのかを考えていく必要がある」と釘を刺す。
こうした実践学習を行う上でポイントになるのが、机上の空論ではなく、いわば「デザイン思考」的にしっかりとユーザーの存在を意識して取り組むことだという。さらに、いきなり完成形を目指すのではなく、小さくプロトタイピングから始めて実際に作りながら改善をするというアプローチが望ましい。さらには、実践の中で学ぶために、本番環境でできない業務の場合は、テストトライアルができるような環境を整える必要がある。
それでは、同社では実際にどのようなことが行われているのだろうか。「実践学習」の3つのステップについて成瀬氏が紹介した。
- 1)関心を持つ
- DXに関心を持ってもらうために、DXの基礎から取り組み方、事例などを紹介。自分の業務にDXがどのように関係あるのかを考える機会を作る。
- 2)課題を見つける
- 自分の業務にどのような課題があり、どんな技術を取り入れれば解決できるかを考える。業務範囲を越えて全社化が必要な場合もあるが、整理して取り組むようでは遅いと考え、現場でまずは考えることからスタートさせる。DX戦略を提示しても、現場からなかなか課題が上がってこないことが多い場合、現場担当者が課題設定をするためのトレーニングとして効果がある。ワークショップ形式で一緒に考えながら、プロジェクト化していくことも多い。
- 3)実践の中で学ぶ
- 技術を使ってどのように解決するか、伴走を受けながら、実際に技術を用いて業務にデジタルを組み込んでいく。1つめの事例として、RPAを用いた現場業務自動化の実践の取り組み、2つめにはノーコードツールを用いた顧客インターフェイスを作成するという事例が紹介された。いずれも、単に作り方の研修ではなく、ユーザーの体験をどう変えるべきか、ヒューマンセンターデザインやデザイン思考などを用いてどういうサービスを作っていくのか、どういったユーザー体験を作っていくのか、といったことを考えながら、実際にそのサービスのプロトタイプを作成するというもの。
【③キャリア自律】実現のための「個人の意識改革」と「組織の環境づくり」
そして最後に「③キャリア自律」について、成瀬氏は「DXの人材戦略になぜキャリアの話が出てくるのか、疑問に思われることだろう」と切り出し、「今は技術知識だけ身に付ければよいというものではなく、一人ひとりが自分または自分の事業にとって学ぶべきことは何かを考え、自ら見つけ出して自ら決めて学んでいくことが重要になる。その前提に『キャリア自律』という考え方がある」と説明した。
「キャリア自律」は近年トレンドワードとしてもよく耳にするが、学びや学習意欲はもちろん、例えばエンゲージメントやパフォーマンス、仕事充実感など、企業が昨今気にすべき項目はいずれも、キャリア自律と相関していることが明らかにされている。
それでは、キャリア自律をどう上げるのかといえば、これもやはり「捉え方」から変えていく必要がある。つまり、DX人材育成における実践学習と同様に、経験学習サイクルの中で、キャリアのために行動をどう変えるか、その行動変容が自分にどのような意味があるのかを振り返り、内省する機会を持つことが重要だ。言い換えれば、自分のキャリア形成について考えたり、他者と対話したりする機会を増やすことが一番の近道だという。
こうした考え方のベースとなっているのは「プロティアンキャリア」という、社会の変化に応じて、自分の意思で自由に姿を変え、形成していくキャリアの考え方だ。そのために「キャリアを可視化し」「戦略的に計画を立て」「実際に行動」し、さらに「行動を振り返る」という内省サイクルを日々のキャリア支援に組み込んでいく。それが組織にできる支援策だという。
なお、パーソルではここでも数値化により、キャリアを可視化している。キャリア資産を定量的に表すために、生産性、活力資産などについて数値化し、その変化をみながら、自分が取り組むべきものは何か、示唆を受けるというわけだ。
成瀬氏は「キャリアは目に見えないものだけに、こうしたテクノロジーの力を使って“見える化”をすることで捉えやすくしている」と説明し、「さらには実際に学んだ人たちが、自律的に学び、そこから新しいチャレンジとしてキャリア選択をしてもらうことが大切」と語る。
そのときに重要なのが、会社の都合ではなく、自分たちでより高い専門性や別分野にチャレンジする状況を組織として作っていくということだ。この学びとキャリア自律の先に、キャリアの可能性を提示するような制度やキャリア選択の仕組みを用意していく必要がある。つまり、DX人材戦略は育成するだけでなく、その後も当人が主体的に学び、活躍できる場として、自分で選択できる環境を作ることが重要になる。
施策をつなげて成長領域への人材シフトを図る
ここまで、DX人材戦略の推進ポイントして、「スキルの可視化」「実践学習」「キャリア自律」の3点について語られたが、それでも「どこから手を付ければよいのだろう」と迷う人もいるだろう。成瀬氏は、「最初の20%のデジタル変革人材をどう育てるかがカギ」と語る。
もちろん、たやすくはない。DX推進部門だけではなくて人事部や各事業部門、経営までも一体となって連携し取り組むテーマであり、最終的には“風土”まで変革する必要がある。そこで、ワークショップで人材を発掘し、発掘した人材のコミュニティ化や成長支援のプロジェクト化を行いつつ、これらの取り組みをコンテンツ化して社内に周知する。そうしてデジタル変革人材を育て、学習者の輪を広げていくのだ。
成瀬氏は「この変革と学び・キャリアをいかに“線”にするかが肝心であり、いきなりステップ2の『デジタル教育・学習の促進』から入るのではなく、まずステップ1の『現場での変革促進』として何を変えていくのかを設定する。それからステップ2を行う。そして、ステップ3として、育った人たちがちゃんとチャレンジができる制度や仕掛けを作る。これがDX人材戦略を実行に移すための足がかりとなる」とした上で、「そうして成長領域に人材をシフトしていく考えだ。人を育て活かす企業こそ人に選ばれる。企業も個人も変わっていかなければならない。パーソルも共に試行錯誤しながら取り組んでいく」と語り、セッションを終えた。