従業員を“人”として捉えることがウェルビーイングの第一歩
岡本勇一氏(以下、岡本) 最近はあらゆるところで、幸福や心身のより良い状態を指す「ウェルビーイング」という言葉を耳にします。石川さんの考えるウェルビーイングの定義とはどのようなものでしょうか。
石川善樹氏(以下、石川) ウェルビーイングの「定義」は多様なので、一義的には決まりません。しかし、ウェルビーイングの「測定」に関しては“体験”と“評価”の2軸から見ていくのが国際標準になっています。
岡本 なるほど。定義ができないからこそ、ウェルビーイングに関して「どうやって取り組めばよいのか分からない」と悩まれている企業が少なくないのですね。石川さんは、ウェルビーイングに関する取り組みをこれまで数多くご覧になってきたと思いますが、参考にするべき事例などはありますか。
石川 率直にお話しすると、他社の取り組みは参考にするものではないと思っています。見るべきものは他社の成功事例ではなく、自分たちの組織だからです。例えば、企業が従業員を“リソース”として捉えている場合、どうやって人材を管理するか、どうやって人材を機能させるかという発想になり、その時点で、組織の人間(あるいは人格)を見ていません。
一方、従業員を“ヒューマンビーイング(人間)”として捉えている場合、従業員の幸福のためにオフィス環境や働き方、研修などに投資しようと思いますよね。つまり、それが(狭義の)ウェルビーイングにつながっていくのです。
(会社が従業員を人間として見ているかの)一番分かりやすい指標は、「一緒に働いている人のことをどれだけ“他己紹介”できるか」です。少し大げさですが、例えば従業員の実家を訪れてお墓参りをして、どんな歴史背景があってその方が誕生したのかまで掘り下げて他己紹介できると、従業員としては「自分は一人の“人”として扱われているんだな」という気になりませんか。
岡本 確かに、そこまで興味を持ってもらえることはうれしいですね。
石川 ところで、岡本さんのチームは何名ですか。
岡本 今は50名ほどです。
石川 チームメンバーを“個”として見たときに、岡本さんはどれくらい他己紹介できるか。一方、50名のメンバーは岡本さんのことをどうやって他己紹介するか。また、仕事以外を含めチームの関係性はどうかといった点で捉えているかということです。
岡本 そういった視点で考えたことはありませんでした。
石川 つまり、ウェルビーイングを考える上で大事なのは、何をするかではなく、誰と行動を共にするかということ。相手への理解や共感が深まり、距離感も分かってきます。
例えば、夫婦関係を良くするためには、「他の夫婦はどうしているかな」と考えたりせず、パートナーにどんな不満や欲求があるのか、あるいはどんな友人がいるのかなどを知ろうとしますよね。
それと同じように、見るのは他社の事例ではないんです。組織の“個”や“関係性”にフォーカスを当てると、自ずと組織として何をすればよいのかが分かってくると思いますね。
岡本 確かにそう考えると、会社も見るべきものは他社事例ではないですね。