「人事は裏方」からの脱却
デジタル化や脱炭素化、コロナ禍における人々の意識の変化など、経営戦略と人材戦略の連動を難しくする経営環境の変化が顕在化するにつれ、非財務情報の中核に位置する「人的資本」が、実際の経営でも課題としての重みを増してきています。
しかし、「人が資本だ」とは分かりつつも、今なお、「人事部門は労務や福利厚生や入社オリエンテーションなどの事務管理を行うような裏方だ」と考えている経営陣や社員が多いのも事実です。米国では企業価値に占める無形資産の割合が9割に上る一方、日本では2割程度にとどまっているのも、このような認識を反映しているのではないでしょうか。
HR総研による「人事の課題とキャリアに関するアンケート調査」でも人事部門のパフォーマンスについて質問したところ、「50~70点未満」(39%)がトップで、「30~50点未満」(34%)が多く、「30点未満」が11%も存在する。人事部門の評価はやはり辛口なのが現状です。
どのようにすれば、人事部門が企業の競争優位の源泉へと進化できるのでしょうか。本記事ではその手段とロードマップを考えてみたいと思います。
人事部門のケイパビリティの5つのレベル
人事部門が事務管理部門ではなく、価値提供部門として成長するためには、具体的にはどのようなロードマップがあるのでしょうか。私は、大きく人事部門を5つのケイパビリティ(企業の組織的能力・強み)のレベルで分けて考えています。
レベル1:目の前の業務を回すのに精一杯で、現場の御用聞きになっている
多くの中小企業の人事部門はこの段階ではないでしょうか。この段階の人事は、ノンコア業務(利益に直接つながらない業務)とコア業務(利益に直結する業務)を切り分けることができず、多くは採用の日程調整や労務対応で1日を消化してしまうことが少なくありません。紙でやらざるを得ない業務・作業や、従来の非効率なやり方に振り回されることが多いようです。
そうなると、現場からの提案ベース(それも緊急な)で動くことが多くなるうえ、すべてのニーズには応えられません。当然ながら、現場からの信頼度も低くなります。
レベル2:滞りなく業務を進めているが「採用部」止まり
レベル2は、目の前の定型業務を滞りなく進めている段階。いわば、人事のインフラを回している段階だといえます。
しかし、実態としては「人事部」ではなく、「採用部」「労務部」「教育部」といった特定の人事ファンクションのみを行っていることが多いのも事実です。たとえば「採用」に焦点を当てた場合、採用媒体や転職エージェントなど、採用費用を投下したフロー型の採用に依存していることが多く、自社ならではの採用ブランディングを中心とした創意工夫が欠けている段階です。
レベル3:課題解決型「人事部」
レベル3は「人事領域の広範囲を自社内で抱えており、なおかつ潤沢な人事リソースが整っている企業」に多い段階です。
こうした企業は、課題解決型の人事機能を持っており、1〜2年程度のスパンで現場のニーズを先回りして、採用・育成・評価・配置・人材開発・組織開発などの一貫性のある施策を展開できています。
この段階になると、人事部門全体がプレゼンス(存在感・影響力)を持ち始め、現場が人事に協力的になります。それと同時に、人事が社内から注目も浴びるようになります。
レベル4:経営と人事の一体化、「人事部」から「戦略人事」へ
レベル4は、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)が設置されることが多く、より人事に戦略性が増す段階です。
この段階は、経営戦略と人材戦略を連動させるため、全社的な経営的課題および組織・人材的課題について、経営トップとCHROが中心になって対話を深め、課題を抽出し、両戦略を連動させていることが大きな特徴です。まさに、人的資本経営を実践している状態です。
人材に関する取り組みは息の長いものとなります。3年先のマーケット状況や組織図から逆算して人材戦略を提示し、優先順位を付け、その効果を見極めて改善を重ねていくという、絶え間ない試行錯誤が求められます。
この試行錯誤を重ねた結果として、たとえ変数が多い組織・人材領域でも、施策の再現性が出てくるようになります。
レベル5:強固なカルチャーが醸成され、人が「育つ」磁場になる
レベル5は、その組織にしかない強力なカルチャーが形成され、さらにそのカルチャーが人を育て、人を引き寄せるようになる段階です。人的資本経営が絵に描いた餅ではなく、実践と成果が連動し、カルチャーへと昇華します。
この強力なカルチャーは、部外者の理解をにわかには得られないような「奇怪なルール・哲学・ポリシー」が暗黙知で共有され、組織自体が強烈な個性を生みます。やがて、他社が真似できない「模倣不可能な領域」にまで進化します。
この段階は、CHROが設置されていることはもちろんですが、経営陣、特にCEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)が組織・人材ファーストの経営を行っていることが特徴といえます。また、「個の力の集積」ではなく、「個の力を超えた組織力」をいかに発揮できるかが重要な課題になります。