横並びの人的資本開示
2023年3月期から有価証券報告書における人的資本の情報開示が義務化され、昨年は「人的資本開示元年」と位置付けられています。日本企業は手探りながらも、役員の女性比率や男女の賃金格差を開示するようになりました。しかしながら、ほとんどの企業は義務化された数値を公表するにとどまり、「人材版伊藤レポート」(2020年9月、経済産業省発表)で求められた人材戦略と経営戦略の連動性まで明示した企業は少ない状況です。
この問題の背景には、企業内において現在取り組んでいる人事施策が、企業価値向上までのストーリーにどう結び付いているのかが明確になっていないことがあると考えています。つまり、従業員のエンゲージメント向上やリスキリング制度の導入、多様性(ダイバーシティ)推進などの施策を実施しているものの、人的資本の投資対効果が不明確であるがゆえに、どの施策が自社の成長ストーリーに寄与するのかが明確になっていないという課題を抱えているのではないでしょうか。
実際、筆者が共同座長を務める産学連携の「人的資本理論の実証化研究会」(以下、実証化研究会)の参画企業からは、「さまざまに取り組んでいる人事施策の整理に困っていた。研究会のフレームワーク(後出の図1)で整理することができ、またその基礎にある人的資本理論を知ることができた」「日々人事施策を行っている中で、投資家をあまり意識したことがなかった。投資家がどのような観点から企業を評価しているかを知り、その重要性を実感した」という声が上がっています。
生産性向上やイノベーション創出に向けて人的資本経営の重要性が叫ばれている昨今、自社の経営戦略を十分に理解したうえで、人事部門が従業員のスキル習得に必要な研修や教育などの人的資本投資を行い、その投資対効果を定量的に捉えることが不可欠になっています。人的資本の投資対効果という点に対しては、機関投資家も注目を寄せています。最近行われた実証化研究会の会合においても、機関投資家は人的資本の投資対効果が見えず、企業間の比較投資が難しい現状に対して強い問題意識を持っていました。
実証化研究会は、こうした課題を背景として、2022年10月に一橋大学大学院経営管理研究科教授 小野浩先生と筆者を共同座長として設立されました。AIを活用した360度評価ツールで従業員の能力データを定量的に取得し、さまざまな企業データと企業価値との関係性を分析するなど、研究を重ねています。2023年度は33社[1]の企業が参画しています。
注
[1]: 参画企業数は2023年10月末時点。2024年度の参画企業は現在募集中のため未定。