「気づき」と「経験」で自分の価値を再発見する

野澤 実際に、社員の皆さんに向けてどのような取り組みをされてきたのでしょうか。
渡邊 まずは「意識改革」から着手しました。ジョブ型人事制度への移行に先立ち、2022年度末から2023年度にかけて全社で「キャリアとは何か」「キャリアオーナーシップとは何か」といった言葉を、共通言語として浸透させることに注力しました。
そして2024年度からは、「ライフシフトプログラム」が本格的に始動しました。このプログラムは、社員1人ひとりが将来のキャリアを主体的に考えることを目的とするもので、年齢や立場を問わず幅広い社員を対象としながらも、特に55歳以上のミドルシニア層には「ネクストステージコース」を設けています。
その第一歩として取り組んだのが、60歳以降の選択肢として「再雇用」「転職」「独立」「何もしない」を提示する動画の配信です。これは、「あなたはこの先、どの道を選びますか?」というシンプルな問いかけを通じて、制度ではなく“自分の選択”としてキャリアに向き合ってもらうことを狙いとしています。4月から配信を開始し、55歳以上の約2300人のうち、2280人が視聴しました。
野澤 まさにキャリアの“入口”づくりですね。
渡邊 はい。そして、その次のステップとして体験型のプログラムを展開しています。社員が実際に外の世界に出て、自分の力を試したり、振り返ったりする機会を提供することで、“自分にある力”や“社会とのつながり”に気づいてもらう。それが私たちの考える「キャリア資本」の土台づくりです。
具体的には、次の3つのプログラムを用意しています
- 中小企業支援
- 3ヵ月間、中小企業の経営課題に取り組み、現場で経営者と対話します。
- 異業種交流によるキャリアの振り返り
- 毎週土曜に他業種の仲間と対話し、自分のキャリアを棚卸しします(約2ヵ月間)。
- 地域課題解決プロジェクト
- チームで地域に入り、実際の課題と向き合いながら解決策を考えます。
野澤 実際に手応えはありましたか。
渡邊 想像以上に手が挙がりました。たとえば、「将来的に中小企業を支援したい」と強い意思を持って参加された方や、「自分の力が社外でも通用するのか確かめたい」と挑戦する方など、目的意識の高い声が多く寄せられました。
さらに面談を通じて、「実は中小企業診断士の資格を持っている」と話してくれた方もいました。これまで発揮する場がなかっただけで、眠っていたスキルや経験がたくさんあることにあらためて気づかされました。
野澤 その“気づき”をどう行動につなげていくかも重要ですね。
渡邊 まさにそこです。私たちは「CAREER STATION」という社内のキャリア相談室を設けており、私自身がそのマネージャーを務めています。10代から60代まで幅広い社員の相談に乗っていますが、加えて私は55歳以上の「ネクストステージ支援」を担当しています。
このCAREER STATIONでは、プログラムの前後に面談を行い、「なぜ参加したのか」「何を感じたのか」「次に何をしたいのか」をいっしょに言語化していきます。そうすることで、一時的な“気づき”が終わりではなく、次の行動につながっていくと実感しています。
野澤 参加者の方々について、改めてどんな印象を持たれましたか。
渡邊 本当に皆さん優秀だと感じています。ずっと社内で働いてきたからこそ、自分の強みに気づいていなかっただけなんですよね。だからこそ、いま眠っている力に自分で気づけるようなきっかけをこれからも丁寧につくっていきたいと思っています。
実は私自身も昔、「労働組合の仕事しかしてこなかった自分なんて役に立たない」と思っていた時期がありました。しかし、社外の方と話す中で、「それってむしろすごく大事な経験ですよ」と言われて、初めて自分の価値に気づけました。そうやって本人がまだ気づいていない“価値”が、実はたくさん眠っている。それに気づけるかどうかで、その後の一歩の踏み出し方が全然変わってくると思います。
野澤 変化していく人たちに、何か“共通点”のようなものはありますか。
渡邊 はい。共通しているのは、「好奇心」「素直さ」「柔軟性」。この3つを持っている方は、間違いなく変わっていきますね。そういう姿勢のある人は、どこに行っても力を発揮できると信じています。