不確実性の海を越える唯一の羅針盤は「人」である
これまでの振り返りから見えてくる1つの明確な事実があります。それは、「ビジネス環境がいかにデジタル化し、AIが進化しようとも、不確実性の中で「意味」を見出し、新たな「価値」を創造できるのは、生身の人間(人材)だけである」という真理です。
デザイン経営とは、突き詰めれば「人間中心の経営」です。顧客という人間に共感し、社員という人間の創造性を信じること。VUCAの霧の中で、企業が座礁せずに進むための唯一の羅針盤は、過去の航海日誌(データ)ではなく、船に乗っているクルー(人材)の「デザイン能力」なのです。
この「デザイン人材」こそが、不確実で流動的な経営を成功に導く、最重要の経営資源です。ここでいうデザイン人材とは、狭義のデザイナーを指すのではなく、前述した「デザイン態度」を持ち、エフェクチュエーション的に行動できるすべてのビジネスパーソンのことを指します。
彼らの能力は、命令や管理によっては引き出せません。恐怖やノルマで縛れば、彼らは「慣習モード」に逃げ込み、リスクを回避するようになるでしょう。彼らの創造性が発火するのは、心理的安全性が確保され、自律性が尊重され、失敗が許容され、そして自らの仕事に「意味」を感じられるときだけです。
HR戦略の本質=「組織をデザインする」という戦略的行為
ここで、HRの役割が決定的に重要になります。
もし、経営の成否が「デザイン人材の活性化」にかかっているのなら、そのための戦略、すなわち「HR戦略」は、もはや経営戦略の「下位概念」や「支援機能」ではありません。むしろ、HR戦略こそが経営戦略の中核そのものになります。これからのHR戦略とは、単なる労務管理や人員配置パズルのことではなく、次のような「デザイン行為」そのものになっていくのです。
- 採用のデザイン
- スキルセットだけでなく、「デザイン態度」や価値観への共鳴を見極め、組織に新しい風(異質性)を取り込む。
- 能力開発のデザイン
- 正解を教える研修から、問いを立て、実験し、失敗から学ぶ(エフェクチュエーションを実践する)機会を提供する。
- 動機づけのデザイン
- 金銭的な報酬だけでなく、ビジョンへの共感や、自己実現、社会への貢献実感といった内発的動機を刺激する多様なナラティブ(物語)を紡ぐ。
- 組織アーキテクチャのデザイン
- ジャズバンドのように即興的なコラボレーションが生まれるよう、部門の壁を溶かし、情報の対流を促す「場」と「ルーティン」を設計する。
これらを統合し、「創造的な人材が、その能力を最大限に発揮できる生態系(エコシステム)を構築すること」。これこそが、デザイン経営時代におけるHR戦略の定義だといえるのではないでしょうか。

