海老原 嗣生(えびはら つぐお)氏
厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員
経済産業研究所 コア研究員
大正大学 特任教授
中央大学大学院 客員教授
1964年、東京生まれ。大手メーカを経て、リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長に就任。2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。『エンゼルバンク』(モーニング連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公 海老沢康生のモデルでもある。人材・経営誌『HRmics』編集長、リクルートキャリア フェロー(特別研究員)、元株式会社ニッチモ代表取締役。
著書は『AIで仕事がなくなる論のウソ(イーストプレス)』、『人事の成り立ち』(白桃書房)、『人事の組み立て』(日経BP)他多数。
ジョブ型で人事課題は解決しない
中西宏明経団連会長(当時)の日本型雇用の見直し発言をきっかけに、ジョブ型の流れが始まりました。年功序列、終身雇用と新卒一括採用はもう限界だ、と。では、ジョブ型とはいったい何なのか。
実は、「日本型の働き方を『メンバーシップ型』と呼び、欧米型の働き方を『ジョブ型』と呼ぶ」と、濱口桂一郎さんが言い出しただけの話なんですね。だから、欧米でジョブ型の話をしても、「何それ?」と言われてしまう。いわゆる日本式ジョブ型というわけの分からないものを想像で作り上げ、どんどん歪曲して都合の良い解釈に変えてしまっている、ということを頭に入れておく必要があります。
元総理大臣の池田勇人さんが書いた政策論文「所得倍増計画」の第4章でも、日本型雇用の崩壊に関する記述があったことをご存知ですか? 一部抜粋すると、「労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性をこえて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の組織も産業別あるいは地域別のものとなる一つの条件が生まれてくるであろう」と。1960年から言われていたのに、それでも変われていないだなんて、悲しくなりませんか。
日本企業は、いつも社内の人事制度をちょっといじるだけで、社会問題として本気で解決に向かおうとはして来なかった。今回のジョブ型ブームについても、同じようなことがまた起きているのではないか、というのが僕の見立てです。
では、脱日本型論争の根源は何なのでしょうか。新卒一括採用、終身雇用、年功序列の3つがもう無理だということですよね。だから、随時採用、随時離職、実力登用に変えていきましょう、と。「上がり過ぎる年功給と長期雇用」が60年来、論争の原点になっているわけです。
ジョブ型が本当にこれらの問題を解決してくれるのでしょうか。次に、みなさんが信じている欧米のジョブ型が、いかに幻想であるかを見ていきましょう。
欧米に対する日本の幻想
「『ジョブ型雇用』とは、従業員に対してジョブディスクリプション(職務記述書:JD)により職務内容を明確に定義し、労働時間でなく成果で評価する雇用システムだ」なんて間違ったことを、日本の有名なシンクタンクが書いている。少しは外資系のジョブディスクリプションを読んでみましょう。「関連する事務仕事も担当する」「他の人事や一般管理の仕事も任された場合行う」「毎日起こりうる現場での問題を解決する」って書いてありますよ。どこにも「これさえやればいい」なんて話は書いていない。米国の雇用ジャーナリストであるDavid Creelmanも「80年代にJDはその役割を終えています」と言っているように、ジョブディスクリプションが機能していたのは80年代までのブルーカラーが主流だった時代の話です。
次に成果評価の話です。欧米は「行動」と「業績」の2軸評価で、優・良・可・劣・悪の5段階評価しかありません。ジョブディスクリプションに書いてある仕事の成果を細かく反映する仕組みになんて、なっていない。それに給与は成果給ではなく、日本の定期昇給と同じ積み上げ給なんですよ。査定によってノッチが良なら1、優なら2上がる。それ以外はステイ。下がることはありません。その代わり、ノッチが上がったからといって自動的にポストが上がるわけではなく、空きが出たら上がれる、空きが出なければずっとステイしていることになります。こんな現実を知らないで、成果給だから人件費が上がらないなんて考えは大きな誤解ですし、「ジョブが細かく定義されていて、何をしたら何点だから成果で給与が決まる」なんてものにはなっていないことが、お分かりいただけたでしょう。
脱日本型を図るべく、①JDの設計、②職種別コース、③職能に変わる新たな等級、④成果評価の仕組み、という4点セットが、今回のジョブ型でも言われていますし、60年来繰り返されてきました。いわば間違ったコースの集大成です。また同じ過ちを繰り返そうとしていることに気づいてほしいんです。