(2)Xの対応は不誠実と判断
これらの事情をみるに、Xが、平成10年11月頃から平成15年6月分まで約4年8ヵ月の長期間にわたって、本件不正受給を続けたことは、「故意又は重大なる過失により会社に損害を与えた」(就業規則39条11号)ということができ、軽視し得ない。
また、Y社が、平成15年9月1日付け「通勤定期代に関する件」と題する書面により、Xに対し、過剰な定期代を支給していた疑いがあるとして定期券のコピーを提出するよう求めた。
その後に、Xは、組合を通じ、従前の通勤経路に基づいて「定期代申告書」を提出した。
Y社が、同年10月14日、Xに対し、支給を停止していた変更後の通勤経路を前提とする3ヵ月分の通勤手当を支給してからも、Xは、組合を通じ、同月下旬ころ、「通勤費調査書」と題する書面により、支給額が申請額よりも少ない旨指摘した。
Y社が、同月31日、分会の役員ら同席のうえ、Xに対し、Xが変更後の通勤経路にかかる定期券を購入している事実が記載されたK電鉄株式会社の回答書のコピーを提示するなどして、通勤経路等について問いただした。
その後も、説明を求めていたにもかかわらず、Xが、団体交渉事項であるとして、本件懲戒解雇に至るまで約8ヵ月もの間、明確な説明をせず、直ちに本件不正受給にかかる通勤手当の差額分を返還しなかったことは、本件不正受給の対応として不誠実であったといえる。
(3)Xの事情について
しかしながら、Xの住居地から勤務先まで通勤経路としては、従前の通勤経路が通勤時間および距離的にみて最も合理的である。
変更後の通勤経路は、従前の通勤経路と比較すると、5分から10分程度余計に時間がかかり、徒歩による移動距離も長くなる。
Y社は、従前、基本的には、申請者の申請した通勤経路に基づく通勤手当を支給しており、経済的効果から交通費が最も安価な通勤経路が合理的であると考えていた。
しかし、仮に、Xが申告どおり従前の通勤経路を利用していたとしても、交通費の安価な変更後の通勤経路に変えるよう申し入れることまでは具体的に考えていなかった。
Xは、交通費の実費が通勤手当として支給されることは認識していたが、賃金カットがなされていたため、通勤時間や徒歩の距離が長くなるという自己負担において交通費を節約しようとした。
Y社においては、オートバイを利用して通勤することも許されており、その場合、住居地の最寄りの公共交通機関の駅等からの運賃額が通勤手当として支給される取り扱いがされていた。
Xは、このオートバイ通勤者に対する取り扱いとの対比から、申請して支給された通勤手当の範囲内であれば、節約した交通費分を受領してもかまわないと考えて、安易に本件不正受給を続けていたことが認められる。
(4)Xについて悪質とまではいえないと判断
このような事情、特にXは、自らの負担において通勤経路を変更しなければ、通勤時間および距離からみて一般的に合理的であると考えられる従前の通勤経路に基づく通勤手当を受給し得たはずである。
このことからすれば、当初から不正に通勤手当を過大請求するためにあえて遠回りとなる不合理な通勤経路を申告したような、まさに詐欺的な場合と比べて、本件不正受給に及んだ動機自体はそれほど悪質であるとまでは評価し難い。
また、本件不正受給によってXが取得した通勤手当の差額は1ヵ月6810円であり、Xによれば、合計34万7780円にすぎないから、Y社の現実的な経済的損害は大きいとはいえない。
そして、Xは、組合を通じて、Y社に対し、直ちに上記金員を返還する準備をしている。
さらに、本件不正受給の問題を含む通勤手当の問題が、Y社と組合との間の団体交渉における協議事項として取り扱われている。
Xも個人として対応せずに団体交渉を通じて協議するという立場でいたこと、組合としては、いったんY社が全分会員の通勤手当について従前の取り扱いに戻してから、協議を始めるという認識でいた。
Xもその方針に従い、Y社から過剰な定期代を支給していた疑いがあるとして定期券のコピーの提出を求められた後に、組合を通じて、従前の通勤経路に基づいて通勤手当を請求したが、過剰な請求分は後に返還する前提でいた。
Xは、平成15年10月31日、Y社から変更後の通勤経路に基づいて定期券を購入している事実を指摘された以降、Y社に対し、申請した定期代と実際の支給額との差額を請求していない。
Y社と組合との間には通勤手当の問題のほかに、Y社店舗の競売、分会員の配置転換の問題等優先して協議すべき課題もあった。
平成16年3月12日以降、団体交渉で取り扱われる予定であった本件不正受給の問題が団体交渉の場で協議されないまま、Y社が本件懲戒解雇に及ぶに至った。
こうしたことからすれば、このような本件懲戒解雇に至る経緯を踏まえず、Xの不誠実な対応を一方的に問題視することは相当であるといい難い。
(5)懲戒解雇は重すぎると判断
以上に加え、Xが、本件懲戒解雇に至るまで懲戒処分を受けたことがないことを考慮すれば、これまでの事情を勘案しても、Y社が、Xに対し、本件不正受給について最も重い懲戒処分である懲戒解雇をもって臨むことは、企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎるといわざるを得ない。
したがって、本件懲戒解雇は、その余について判断するまでもなく、客観的な合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして、無効というべきである。

