「まずは効率化」から一段進める――AI活用の論点を「価値創出」へ
生成AIの導入が進む中で、日本企業の多くは「まずは効率化」としてAIを捉えています。人事領域でも、採用マッチングや問い合わせ対応のチャットボットなど、「業務のどこをAIで代替できるか」に焦点が置かれがちです。こうした取り組みは短期の生産性向上に直結し、重要な一手であることは間違いありません。
ただし、マクロの視点で見ると、AIの位置付けは急速に変化しています。総務省の最新データ(図1)では、日本企業が生成AIの効果として最も期待していることは「業務効率の向上」(32.8%)であるのに対し、米国では「ビジネスの拡大・新規顧客獲得」が5割超、中国では「アイデアやイノベーションの創出」が4割台と高い水準にあります。これを単純に「日本は遅れている」と悲観することはありません。日本は「守り」としての効率化に期待が寄り、米中は「攻め」としての価値創出に期待が寄る、という「期待の構造」が違う、と捉えるほうが実務的です。
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リスクの捉え方にも、その差が表れます。「社内情報の漏えいなどのセキュリティリスクが拡大する」という項目では、米国・中国の回答割合が日本より低い一方で、事業変革やイノベーションへの活用が進んでいます。海外企業がリスクを軽視しているというより、「リスクを管理しながら前に進む」ことを重視している、と捉えるべきです。ここに、日本企業が“攻めのAI”へ踏み出しにくい文化的背景が見えます。
人事としては、業務効率化で得た余力をテコに、仕事の設計や役割の再定義を通じて「価値を増やす領域」へ論点を引き上げることが重要です。言い換えれば、AIを導入施策として閉じるのではなく、事業価値に直結する仕事へ埋め込み、継続的に運用できる状態をつくることが問われています。
その際、次の3点を先に押さえると、議論が「ツール選定」へ戻りにくくなります。第1に、価値の源泉となる業務(採用・配置・育成・評価のどこが競争優位に効くか)を言語化すること。第2に、現場のボトルネックを「作業」ではなく「判断」や「調整」の単位で捉えること。第3に、AI活用を単発の改善ではなく、業務プロセス全体の再設計として扱うことです。
AIは「使う」から「働かせる」へ――デジタルワークフォース化とAIの多様性
AIの位置付けは、この数年で大きく変化しています(図2)。これまでのAIは、ユーザーの指示に反応してタスクを補助する「ツール」として扱われてきました。たとえば、GitHub CopilotやMicrosoft Copilotといったアシスタント型AIは、人間が主体でAIが作業を支える構造でした。
しかし現在は、その先の段階に進んでいます。AgentGPTやSemantic Kernelに代表されるAIエージェントの登場により、AIは単なる補助者ではなく、自律的にタスクを設定し、複数の処理を実行できる“デジタル労働力”へと進化しています。さらに、LangChainに象徴されるエージェント型AIでは、複数のAIが役割を分担しながら目標達成に向けて協働する仕組みが整いはじめています。ChatGPTやClaudeのようなAIパートナーも、対話を通じて意思決定や創造を支援し、人間と並走しながら成果を生み出す存在です。
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ここまでくると、AI導入の論点は「何を買うか」ではなく、「どう働かせるか」に移ります。会議メモ作成、メール草案、翻訳、定型レポート作成といった全社共通の生産性向上は効果が出やすい一方で、機能・職種固有の業務に組み込む段階では、業務設計と責任設計が不可欠です。誰が最終判断を持つのか、AIの出力をどこまで業務プロセスに組み込むのか、エラー時の責任をどう扱うのか——こうした設計が曖昧なままでは、活用が広がりません。人事の観点では、「人が介在すべき判断点(Human-in-the-loop)」を明確にし、AIの出力を“参考情報”にとどめるのか、“一次案”として扱うのかを業務ごとに定義することが要諦になります。
そしてもう1つ、見落とされがちなのがAIの多様性です。AIは言語、画像、音声、バイオロジー、マルチモーダルなど幅広い領域にまたがる数百種類のモデルが存在し、目的も構造もまったく異なります(図3)。
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それにもかかわらず、企業が実際に利用を許可している生成AIツールは平均1~2種類にとどまるという指摘もあります。万能なモデルは存在せず、得意・不得意があるからこそ、どのモデルがどの目的に最適か、どのデータと組み合わせると効果が出るか、どの業務はAIが強くどの領域は人間が担うべきか——そうした見極めが必要となります。
人事としては、職務・プロセス別に「AIが担える領域」と「人が担うべき領域」を棚卸しし、運用可能な形に落とすところから始めるのが現実的です。加えて、社内規程・個人情報・労務リスクなどの制約条件を先に整理し、「使える範囲」を明確にすることが、現場の試行錯誤を加速させます。

