はじめに:不確実な世界を航海するためのコンパス
「デザイン経営」と「HR戦略」。一見すると、クリエイティブな領域と管理的な領域という対極にあるかのような2つのテーマを結び付ける試みとして始まった本連載も、今回で最終回を迎えます。
これまでの5回にわたる連載で、私たちは「デザイン」という言葉の定義を捉え直し、それが単なる意匠の話ではなく、VUCAに代表される不確実な現代のビジネス環境を切り拓くためのOS(オペレーティングシステム)であることを確認してきました。そして、そのOSを駆動させる最重要のプロセッサこそが「人」であり、その人を活かすHRの役割がいかに経営の中枢にあるかを論じてきました。
最終回となる今回は、これまでの連載で紡いできた議論の要点を振り返りながら、それらを統合した「総集編」として、これからの産業界におけるHRの真の存在意義と、HRパーソンが目指すべき未来像について提言します。
連載の軌跡:「正解のない問い」に向き合うための思考フレーム
まずは、私たちがこれまでの連載でどのような景色を見てきたのか、その足跡をたどってみましょう。
第1回:経営のOSをアップデートする
連載の幕開けでは、なぜいま「デザイン経営」が必要なのかを論じました。かつての高度経済成長期のように、正解が1つに定まり、過去のデータから未来を予測できた時代においては、MBA(経営管理修士)的なデータと理論に依拠した論理性による「管理型経営」が最適解でした。しかし、VUCAと呼ばれる予測不能な現代において、過去の成功法則は通用しません。
そこで私たちは、ハーバート・A・サイモンの「現状をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案するものは、だれでもデザイン活動をしている」という定義に立ち返りました。デザインとは、見た目を整えることではなく、正解のない問いに対して「より良い解」を仮説検証的に導き出す、知的創造活動そのものです。この「デザイン思考」的なアプローチを経営の意思決定に取り入れることこそが、デザイン経営の本質でした。
第2回:すべての社員が持つ「デザイン能力」を解放する
第2回では、そのデザイン経営を担う「人材」に焦点を当てました。デザイン経営の主役は、一部の特殊なスキルを持ったデザイナーではありません。エツィオ・マンズィーニが提唱したように、私たちの中には、既存の習慣に従う「慣習モード」と、批判的に思考し新たな解決策を探る「デザインモード」の両方が存在します。
重要なのは、アマルティア・センがいう「潜在能力(ケイパビリティ)」の概念のように、すべての社員が本来持っている「デザインモード」へのスイッチを、誰からも阻害されることなく、自らの意思で入れられる環境をつくることです。「不確実性を受け入れる」「遊び心を持つ」といった5つの「デザイン態度(Design Attitude)」を評価し、称賛する文化こそが、イノベーションの土壌となります。
第3回:「指揮者」のいない音楽を奏でる組織へ
個人の創造性を組織の力に変えるためには、組織のあり方も変わらなければなりません。第3回では、静的で機械的な組織ではなく、自らを生成し続ける「オートポイエーシス(自己創出)的組織」の概念を紹介しました。
ここで私たちは、「オーケストラ型」と「ジャズバンド型」という2つのメタファーを用いました。譜面通りに完璧な演奏を目指すオーケストラ型組織から、互いの音(意見)を聴き合い、即興的に新しい価値を生み出すジャズバンド型組織への転換。そこで求められるのは、強権的なトップダウンではなく、関係性の中から立ち上がる「自律・分散型リーダーシップ」でした。HRの役割は、このジャズセッションが自然と巻き起こるような「スタジオ(場)」を整えることにあります。
第4回・第5回:予測不能な未来を「組織化」するエフェクチュエーション
そして直近の議論(第4回・第5回)では、組織文化を「Organizing(組織化)」という動的なプロセスとして捉え直しました。文化は固定された名詞ではなく、日々のルーティンと相互作用によって絶えず書き換えられる動詞です。
この文化をデザインするための実践的アプローチとして、サラス・サラスバシーの「エフェクチュエーション(実効理論)」を取り上げました。未来を完璧に予測して計画する(コーゼーション)のではなく、「手中の鳥(今あるリソースの最大活用)」を活かし、「許容可能な損失」の範囲で小さな実験を繰り返し、「クレイジーキルト(多様なパートナー)」と協調しながら、すっぱいレモンでさえもおいしい「レモネード(予期せぬ失敗を活かす)」に変えていく。そして「機中のパイロット」として、自ら未来をコントロールしようとする意志を持つこと。この起業家的な実践論こそが、変化の激しい時代における組織文化デザインの要諦です。

