従業員のメンテナンスから組織との関係づくりのための健康経営へ
――そもそも、なぜ健康経営が注目されているのか。企業が健康経営に取り組まなければならないのか。理由や背景についてお聞かせください。
約5年前くらいからになるでしょうか、経済産業省が主体となって「健康経営」を日本に根付かせようという動きがありました。健康経営に関わる各種顕彰制度として、平成26年度から「健康経営銘柄」の選定を行っており、平成28年度には「健康経営優良法人認定制度」を創設しています。こうした背景には、新しい産業やイノベーションなどに対する期待があり、その一つに欧米と比べて遅れているヘルスケア分野の活性化への支援の意図があると理解しています。
さらに、少子高齢化に伴う労働人口の減少は日本全体の大きな課題となっており、企業として生産性を高めるためには、従業員の健康状態を積極的に守る必要があることを痛切に認識しつつあるのだと思います。企業にとって、従業員の健康は生産性に直結するものです。健康を害すれば人の生産性は下がり、退職や休職などになれば、さらに労働力そのものが失われます。当然ながら人手不足の中で補充は難しく、「今いる人」を大切にすることが望ましいわけです。さらに仕事が原因で健康を害したとなれば、訴訟などのトラブルのダメージも大きいでしょう。仕事が原因でなくても、従業員の不調を回避することが企業にとって死活問題になりつつあるのです。
そしてもう1つ、国としては潜在労働力の発掘・活用が課題となっています。女性や障害者、高齢者、外国人労働者など、さまざまな体質や年齢、持病などを持った人が能力を発揮できる環境にするためには、それぞれの健康状態に合った働き方を提供できる必要があります。さらに、人々の価値観が多様化しており、生産性・モチベーションを上げるエンゲージメントという観点からも、「健康的な生活をサポートしてくれる企業」の評価が高まっていると考えられます。まさに「働き方改革」のど真ん中というわけですね。
健康経営のベースとなっているのは“法律”です。企業として絶対やらなければならないこと。その上にさらに組織を強くしていくために「多種多様な健康」へのアクションとして、企業が独自で考える部分がある。このような2段構造になっているわけです。
――これまで、日本型経営では“健康を害しても”生産性を高めることを選んできました。マインドセットを変えることはなかなか難しそうですね。
まさにご指摘のとおりです。日本企業の多くでは、過労死するほど働いて、働かせることで、成功をつかんでしまった。このことで、大きな勘違いするようになってしまったかもしれませんね。確かに市場がどんどん成長しているときには、最適解を見つけて同じことを繰り返すだけで利益になりました。そのために有効なのは、金太郎飴のような単一性の高い人材と組織です。たとえば、健康診断はほぼ全員が同じ項目の検査を受けますが、最大公約数の部分だけをメンテナンスしてリスク管理するという発想でしょう。
たしかに、これまでの社会環境と単一な組織づくりが目的なら、壊れないための“メンテナンスとしての健康管理”で十分かもしれません。しかし、現在のような不確実な市場で変化に対応するには人材の多様性が求められ、同時に人材の流動も進んでいます。そうした状況下で、企業は一人ひとりの人材とどのようにして関係性を築いていくのか、真摯に考えなければなりません。その戦略の一つが「健康経営」というわけです。いわば「どんな組織にしたいか」という経営からのメッセージともいえるでしょう。